二【ネウラ】
「こ、これがイミテか…」
初めて肌を撫でる爽やかな風。足元にはどこまでも草原が広がっている。思わず息を呑んだ。
それに、黄色く眩い光が、天に在る一つの円から降り注いでいる。
「あれが太陽か……眩しいなぁ」
「うっ……」
嗅いだことのない臭いが俺の鼻を襲う。
「この臭い以外は最高なんだが」
地下とは違う。とても強烈な……まるで、百年間に放置した牛乳のような、胃がひっくり返るような臭いだ。
「ガチ臭ぇ」
慌ててガスマスクを装着する。
古いタイプだからか、通気性が悪く息苦しい。
「うん。これならギリ耐えれるな」
ひとまず、当てもなく先を目指して歩くしかない。向かう方向は地下道の反対側でいいかな。
「それにしても、静かな平原だ」
ふと横を見ると、小さな小屋があった。小屋の半分は植物に飲み込まれており、少し傾いていた。
「小屋……誰か住んでいるのか?」
家へ近づくと扉の前で野垂れている白髪の女を見つけた。歳は……17歳くらいだろうか
「み、水……飲ませて欲しい……」
女は掠れた声で俺に喉の渇きを訴えた。
仕方なく、残り少ない水を分けてあげた。
「ふーっ、助かったぁ」
女はバッと起き上がりすぐ元気になった。
まるで別人だ。
「うん。そだね」
空っぽ……最悪だ、飲み干された。
「ごめん、全部飲んじゃった」
「ごめんじゃねぇよ……」
水を……探さないと。
水を失って絶望している俺を横に、女は自己紹介を始めた。
「私の名前はネウラ……
貴方は、何を目的に此処へ来たの?」
何を目的……?そりゃ憧れてたから来たってだけだな。それと、発生源を知りたいから。
格好良く言うと……
「世界の真実を知りたいから」
だな。
「……そう、じゃあ着いて行く。
帰る場所もないしね」
「え?まあ良いけど…….。俺の名前はレーズだ、よろしく」
「レーズ、お前は探検家なのか?そんな軽装備で」
言われてみれば、俺の格好は地下洞で着てた古い作業着に長靴だ。まあ、正確に言えば、俺は探検家じゃないし。
「うん。どっちとも言えない」
「へー。ちなみに、私は探検家じゃないし、能力も持ってないよ」
俺と同じじゃないか。都合が良いというか何というか。
「そう言えば、何で此処に居たんだ?」
「置いてかれちゃったのよ」
置いてかれた?探検隊にか?でも、ネウラは探検家じゃないって言ってたしな。
「私、此処で爺ちゃんと暮らしててね。
結構前だけど、食料を取りに外へ出たの。
それから爺ちゃん、一ヶ月は此処に帰ってきてないの。
だから、私は爺ちゃんを探したかった……
そこで、レーズが来てくれた。
丁度良いから着いてく事にしたって訳」
「そっか……見つかると良いね」
……思ったより重い話だった。
「じゃあ水を探しに行こうか……空になっちゃったから」
「……ほら、あっちに池あるよ」
ネウラが指差した先には、池のようなものがあった。
色がおかしい。緑とも黒とも言えない、ぬめった光沢。
「ん?それって池か?」
「池に決まってる」
「いや、絶対違うだろ」
水面が鼓動した。
「今、動いたぞ?」
「気のせい、気のせいよ」
ネウラは池に向かって歩き出した。
「おいまて、早まるな」
「いや、いけるいける」
「いけるたって……」
ネウラは。池の真ん前で立ち止まり、水面を覗いた。
薄らと、水面に目があるように見えた。
次の瞬間、水面が割れ──
『バ ッ ク リ』
「あ……」
池じゃなく、謎の生き物の口だった。
「やっぱ池じゃないじゃん」
巨大な歯が閉じる。
ネウラが消えた。
「……
だから言っただろ」
地面が揺れ始めた。
池から泥だらけの化け物が顔を出し、そのまま俺を腹を空かした目で追いかけてきた。
「って、こっち来んじゃねぇー!」
俺は逃げた。
全力で逃げた。
「無理無理無理無理無理マジで無理っ!」
腰のリボルバーが地面を蹴る振動で揺れる。
「あ、これがあった」
足を止め、リボルバーを構え、化け物をめがけてトリガーを引いた。
『バォンッ』
泥に塗れた化け物の脳天に、一発の弾痕が残り、即死した。
撃たれ死んだ化け物の口からから、血まみれのネウラが吐血と共に流れてきた。
ネウラは咳き込みながら起き上がり、自分の体の臭いを嗅いだ。
「うわ、クッサ!」
「生きてるのか?
大丈夫かよ?腐敗臭が凄いぞ」
その後も水場を探して歩き回ったが、見つかったのは腐った池ばかりだった。
そうして、気が付けば、日が傾いていた。
空はもう薄暗く、夜行性の魔物で溢れていた。
「おいネウラ、この化け物って食えるかな」
ネウラは考える間もなく即答した。
「食えるわけないだろ、泥まみれで臭いのに」
そうだよな……食えないよなぁ、今晩は何食べよう。
「あそこにいる魔物とかどう?弱そうじゃん」
ネウラが指す方には、角が一本か二本生えた兎が見えた。正直暗くてよく見えない。
「よし、じゃあ今晩は兎の丸焼きだ
ネウラ、お前魔法って使えるか?」
「勿論、見せてあげようか?」
ネウラが手の甲を前に出し、
「行くよ?とくとご覧あれ!」
一呼吸置き詠唱を始めた
「ルンク」
手の甲が光り、
「リンニィエ」
手の甲から短い線状の白い光が出始め、
「ブリッス」
線状の光が雷へと変わり、兎へ向けて放出された。
雷の線は、屈折をしながら兎へ直撃した。
雷の音は、銃を発砲した時の音と似ている。
余りにも眩し過ぎて、無意識に目を閉じていた。
兎からは煙が上がり、触ると簡単に毛が抜けてしまった。
「おぉ!これが魔法か!すっげえな魔法って」
俺は、生まれてこの方、モニター越しの魔法しか見てこなかった。
「何その反応?イミテにいるって事は魔法くらい使えるでしょう。普通よ?」
「俺はお前らと違って能力持ちじゃないんだ、一般人なのさ」
そう、一般人がイミテに来る事は不可能とも言える。イミテの魔物に抵抗する術がないからだ。
「へー、因みに私も一般人と同じようなもんだ。だから、魔法は一般人でも使える。レーズもきっと使えるよ」
ネウラは草で血を拭いながら答えた。
「え?そうなの?」
俺はてっきり、魔法は能力持ちの特権だと思っていた。
本当に俺でも使えるのか……?
「なあ、今度教えてくれないか?」
「いいよ」
ネウラはそう言いながら、兎の肉を頬張っていた。
静かな夜空に、空の雲が黄色く裂けた。それと同時に強い風が吹き、レーズの隣に座っていたネウラが空を飛ぶ何かに攫われた。
「うわ、なんだ!あっネウラ!」
空を見上げると羽ばたく何かがネウラを鷲掴みにして強風と同じ方向に飛んでいった。
不定期




