第9話 雄姫様達との楽しいハーレム生活
(どうしてこうなった)
ヤルムは高貴かつ力の強い聖女のハーレムを作りたかっただけだ。
自分だけの王国を。
たかが侯爵の地位に就けない次男の嫁。隣国の王女をハーレム入りさせたいだけだったのに。
それが、どうした事か。
起きれば自身の隣にランダムで大中小いずれかの巨大なシーツの山が作られている。
同衾しているのは聖女ヴィルヘルムか聖女コンラート、女性陣では聖女マグノリアだ。
常にガルガル言っているマグノリア王女も怖いが、人語が分かる分聖女ヴィルヘルムと聖女コンラートも怖い。
『おはようございます殿下☆お勉強にします?稽古にします?それとも、わ・た・く・し?』
怖い。
特に聖女コンラートが怖い。
同衾している時のランジェリーの本気度が尋常じゃない。
そして朝の爽やかな空気に似合わぬ低音ボイスが不気味である。
『殿下……今日のお召し替えはお手伝いいたしますわ……ふふ』
聖女コンラートの手が素早く服を剥ぎ取ろうとしてくる。抵抗すると益々火に油を注ぐ結果になるため、ヤルムは日々必死に逃げ回っていた。
ハーレム入りの予定だった貴族令嬢たちは、後宮予定の自室に引き籠っている。
本人たちは逃げたがっているのだが、邪視の魔女‥‥‥聖女ベアトリスの検分が済まねば領地に戻れない。
逃げ出した令嬢も居たのだが。
窓、水面、ガラス、ありとあらゆる反射物に聖女ベアトリスの金の眼が映し出され、あっという間に令嬢を捕捉してしまった。
本人不在なのに、何なのだあの恐ろしい術は。
結局、邪視の魔女が恐ろしくて、令嬢は両親に保護を拒否され後宮に連れ戻された。
そのベアトリスは聖女アルメナ出身の孤児院のシスターと話し合い、魔女の力で聖女アルメナとデイジー、シスターと孤児院の子ら全員をファインブルク王国へ転送してしまった。
‥‥‥こっそり、聖女アルメナとデイジーを捕獲すべく国境に兵を派遣していたが、読まれていたらしい。
孤児院のシスターは邪視の魔女に怯えながらも、事情を話したという。国から与えられる聖女支援金の大半が神殿に吸い上げられ、残った僅かな金額で食いつないでいること。
アルメナが神殿に出向いていた間も、十分な手当ては送られてこなかったことも。
「そう。
‥‥‥ねえ。私は子供にはお腹いっぱい食べてもらって、よく眠り、遊んで、学びを得て欲しい。
私の願いを叶えてはくれないか?」
「……本当によろしいのでしょうか?」
シスターが震えながら尋ねる。
ベアトリスはアルメナを振り返った。
「どうだ?私の願いを叶えるには、お前の力が居るのだけど」
アルメナさんは迷うことなく頷いた。
「私は……みんなと一緒にいたいです。筆頭聖女様の願いを叶えたいです」
「その子供にはお前も入っているの。頑張って休みなさい」
「えっ、ええっ!?‥‥‥あ、ありがとうございます」
聖女ベアトリスは頷き、後は任せろと告げたという。
──数日後。カロトロピス王宮中枢。
執務室の扉を乱暴に開けた聖女エヴァンスが、手にした巻物を机に叩きつけた。金色の瞳が鋭く光る。
その隣では聖女コンラートが神官長の股間を鷲掴みにしている。
‥‥‥揉んでいるように見えたが、気のせいだ、うん。
「殿下。聖女ベアトリスの調査により確かな事実が判明いたしました」
エヴァンスの低く抑揚のない声が、室内に響き渡る。
「神殿は殿下を利用し、アルメナとの政略結婚で神殿の影響力を王家に浸透させるつもりだったようです」
「なっ……何を言っている!?」
「殿下、無知は罪ですわ」
「神官長のみならず殿下も同罪でしてよ」
そこに突如として聖女ベアトリスが姿を現した。
闇から滲み出るようなその美しい女の登場は、まるで幽鬼のようだ。
「神官長は聖女アルメナを『政治の道具』としたかった。けれど、貴族たちの多額の寄付金を得て考えを変えた。
――魔力の秀でた貴族令嬢たちを聖女に選び、国中を巻き込み、自分の権威を維持しようとした」
「そ、そんなはずはありません!私は王家に忠誠を尽くし……!」
「そう。――ならば、お前が選定した聖女共にアルメナと同様の奉仕をさせよう。
ああ、きちんと実践が出来る事を確認せねばならないだろう?
――私が殺した、神が定めし聖女と同格ならば、問題はないな?」
神が選定した聖女は118年前に現れて以降、出現していない。
故に神の遣いたる精霊が定めし聖女がその役目を担っている。
神官長と王太子が選んだのは、魔法が使える貴族令嬢か否か。
精霊を使役する者は――いない。
ベアトリスは漆黒のドレスを翻しながら、デイジーの鏡の加護で令嬢たちを捕捉する。神官長は顔面蒼白だ。
「お前たちを選んだ基準はなんだ?」
彼女の金の瞳が一際強く輝いた。
「魔力を持つ、見目麗しい貴族令嬢であることだな。まあ、どうでもいいけれど。
私が、実戦で通用できる程度に鍛えてやろう。
ふふッ、上手くいけば聖女に覚醒するやもしれんな?」
ベアトリスは神官長を正面に据えて指を鳴らす。空間が歪み、そこには……
「ひぃっ!?」
「『世界の調整者』諸侯王・序列『総裁』が直々に聖女育成を行うのだから感謝せよ。もちろん拒否権はない」
「お待ちください!何を……!」
ベアトリスは凄惨な笑みを浮かべる。
「ふふッ。お前たちを『神が定めた聖女』並に精神を鍛えてやろう」
+++
『魔女の領域』で令嬢たちの悲鳴が木霊した。
その間、コンラートが艶やかな笑みを浮かべて神官長の肩に手を置く。彼の動きは優雅そのものだが、その手には不気味な力が込められている。
「さあ神官長様……わたくしたちと一緒に遊びましょう♡」
「な……何を……」
神官長は必死に逃げようと試みるが、コンラートの手が彼の身体をがっしりと掴む。
「……わたくしはあなた方のような中年男性に興味津々なのです♡」
聖女コンラートは妖艶な笑みを浮かべて神官長に近づいてくる。
「な……何をするつもりですか……」
「もちろん楽しいことよ」
彼女は神官長を押し倒し、その身体に触れる。
「いやああ!やめてくれ!」
神官長は必死に抵抗するが、聖女コンラートの力には敵わない。
凄まじい声と肉を打つ音をガン無視した聖女エヴァンスが汚職に加担した神官たちに告げる。
「さあ、あなた達も奉仕活動ですわ」
神官長は当分は聖女コンラートが奉仕する側だろうが、慣れれば神官長が奉仕を始めるので問題無いだろう。
アルメナに課された聖女の奉仕活動と、虐待同然の淑女教育を受ける神官たち。
もちろん雄姫様仕様の女装で。
民衆たちはやはり、聖女デイジーが自分たちに見せたものが正しいのだと確信した。
あれ程献身的だった聖女アルメナの追放。更には先の大戦での英傑たる聖女デイジーへの侮辱。
怒れる民衆たちは聖女エヴァンスから、些細なものでも困ったことがあれば彼らに解決させると告げられた民衆たち。
瘴気だまりの解決、家畜の体調不良から草むしりにかけて徹底的に申し出た。
慣れないヒールでふらふらになりながらも、魔王‥‥‥ではなく聖女エヴァンスの観察下のもと酷使される神官たち。
神官の衣‥‥‥ではなく聖女の衣装。それもスカート丈が短い故、女性下着が見えないように奉仕活動するのは難儀した。
「やれやれ、情けない」
聖女エヴァンスが呆れたように言う。
「それでも、貴方がたが聖女アルメナにしたことより、遥かにマシではありませんか」
そして、息をつく暇もなく神殿に戻れば王太子妃教育。
「その者は平民ですわね。そう云った出自の者だと理由づけて、貴女は鞭で打ったのでしょう」
「あら、その方姿勢が悪うございますわ。どうして定規で叩きませんの?」
「もっと力強く平手で打ったでしょう。聖女ベアトリスが傷を確認しておいでですわよ」
数十人の神官の王太子妃教育を模擬的にさせられる、アルメナに虐待めいた指導をして来た講師三名。
しかし、数十人の男性の神官だ。
些細なミスを細やかに指摘し、暴力をふるう事に講師三人は疲弊していった。
聖女エヴァンスは出自が高位貴族であり、彼の弟は王家から降嫁した姫を娶っている。
故に、たかが数年しか教えていない講師の三人より知識と教養では遥かに上だった。
貴族の子息令嬢は幼少期から徹底的に厳しく躾けられて来たが故に、成人するまでには完璧に近い所作をしているが……。
――――神官たちはそうはいかない。
挙句に自分たちが孤児であるアルメナにして来た事を引き合いに出され、躾が生温いと暴力にもダメ出しが入る。
「もう……許してください‥‥‥、手が、動かない‥‥‥」
「あら、無能な講師ね。いいでしょう、私が見本を見せましょう」
聖女エヴァンスは鞭を手に取り、神官へ振るった。
「ティーカップの持ち方も知らないのかしら」
その鞭は、音を置き去りにした。
椅子の背もたれを鞭で叩き割り、不作法な神官は尻を鞭で叩かれた衝撃で天井に突き刺さった。
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聖女エヴァンスは涼しい顔で鞭を振るった。その姿は優雅そのものだが、生み出す結果は破壊的だ。
「テーブルのクロスの端が少し曲がっていますわよ」
バシン!
次の瞬間、神官Aは壁に激突し、クロスごと吹き飛んでいた。
「フォークの持ち方ひとつで品格は決まりますの」
ブォンッ!
神官Bは天井のシャンデリアを揺らしながら宙を舞い、落下して来たシャンデリアと共に床へ叩きつけられた。
「あら、お前たちの指導で部屋が荒れたわ。掃除しなさい」
エヴァンスは汗ひとつかかず、淡々と告げる。その金色の瞳には一片の感情も宿っていない。まさに「神龍の系譜」にふさわしい存在感だ。
神官Cは震える手でペンを握り締めた。
「で、では……テーブルマナーを……」
「お前のテーブルマナーが不作法ね」
バチンッ!
神官Cは窓ガラスを突き破り、庭へと飛び出して行った。ガラスの破片がキラキラと陽光に反射する。
エヴァンスは小首を傾げて告げる。
「体幹が為っていませんわね。基礎体力の向上もスケジュールに入れましょうか」
「い、いえっ……その……」
「では、今日はここまで。明日からは実践を交えた総合訓練ですわ」
エヴァンスは颯爽と退出していく。後に残されたのはボロボロの神官たちと、散乱した家具や食器の残骸だった。
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神官たちがエヴァンスを見送ると同時に、這いずりながら講師たちのもとに集まった。
「お願いですから講師が!我々に鞭を打ってください!」
「え、でも」
「私たちに掃除魔法は使えません!このままでは窒息します!」
「もう腕が上がらないんですよ!?」
「我々が治癒魔法を掛けます」
「聖女エヴァンスの力で壁に埋まって出られないんです!助けてください!」
「………」
講師三人は呆然としながらも、神官たちは講師に拙い回復魔法を唱え始める。
他の神官たちは壁に刺さった神官を引っ張り出そうと苦心していた。
彼らもエヴァンスの圧倒的な力に戦慄していた。
「……確かにあれは異常ですね」
「どうして出自や身分で暴力を振るったの‥‥‥。本当の暴力の何と恐ろしい事か‥‥‥」
「聖女エヴァンスが雄姫様の中でパワーが桁違いなのは、本当かもしれん……」
講師たちは互いに顔を見合わせ、暗澹たる表情でため息をついた。これから自分たちも「教育指導」の対象になる可能性を考えると、背筋が寒くなる思いだった。




