第10話 後宮あるある 雄姫様達による王太子の寵愛の奪い
夜が来るからと王宮に戻されたヤルム王太子は、後宮でのけたたましい戦闘の痕跡に呆然とした。
「ヤルム王太子殿下の夜伽は渡しませんわよ!!」
「ゴラルルルルガルァアアア!!!!!」
聖女ヴィルヘルムと聖女マグノリアが殺し合い‥‥‥じゃなくて、王太子の寵愛を得ようと争っている。
『後宮あるある』な女の戦いならば可愛いものだが――
争っているのは雄姫様たちだ。
しかも、戦闘特化の聖女たちの戦闘。
挙句に神殿から戻った聖女エヴァンスと、イキり散らかした貴族令嬢の鼻っ柱をバキバキにへし折る模擬戦闘を終えた聖女ベアトリスも加勢。
聖女エヴァンスは後宮のあちこちを粉砕し、聖女ベアトリスは優雅に茶を嗜みながら邪視で攻撃を仕掛ける。
王太子派の家臣が邪視の貰い事故を受けて、昏倒する事態となった。
ついでに、王宮の屋根が吹き飛んだ。
ドレス姿で剣を携え、華麗に戦う聖女ヴィルヘルムと獣同然の戦法の聖女マグノリア。
ハーレムに集められた令嬢たちはマグノリアにビビりつつも、聖女ヴィルヘルムの逞しい戦いに頬を染める。‥‥‥筋肉フェチというよりも、何より。
完全にヴィルヘルムの人となりに魅了されていた。
女性用下着を身に着けようが女性用ドレスを着ていようが、尻の検査をしようとも一切格を落とさないのはヴィルヘルムの人徳だろう。
「雄姫様ーっ!!お怪我に気をつけてくださいませっ!!」
あちこちから応援の声が上がる。聖女ヴィルヘルムも聖女マグノリアも怪我の心配こそすれど、敵意は微塵も持ってはいない。
むしろ、仲間意識さえ芽生え始めていた。
戦闘中、ふと視線が合えば小さな微笑みを交わし合うこともある。彼女たちは互いを認め合った仲間なのだ。
そんな様子を遠巻きに見守っていたヤルム王太子は、ふと周囲の空気が変わったことに気づく。
令嬢たちが自然と二人の動きに合わせて応援しているのだ。彼女たちにとってヴィルヘルムもマグノリアも脅威ではなく唯の後宮の雄姫様たち。
聖女ヴィルヘルムは令嬢たちの相談に乗っていた。
ヤルム王太子に取り入る令嬢が一定数いると同時に、表情の固い令嬢も居た。
聖女エヴァンスがヤルム王太子の頭を掴んで神殿に直行している合間、そういった令嬢は悪意に敏感な聖女エヴァンスと聖女ベアトリスにふるいにかけられ、こうやって面談する事とした。
「コホン、少々言葉を崩させてもらうが。――君たちは、まがい物の聖女のハーレムの一員で良いと本気で考えているのか?」
「え、いえ‥‥‥」
「その、王太子殿下にそう申されたもので‥‥‥」
「そうか。俺のここでの立場はあくまでヤルム王太子に与えられたものに過ぎない。其方らが真に望むならば、それぞれの道に進めるように働きかけよう」
「あの‥‥‥お言葉ですが‥‥‥聖女ヴィルヘルム様」
「何だ」
「私は、聖女ヴィルヘルム様のお側が良いのですが‥‥‥」
「‥‥‥続けて?」
「お金で偽の聖女になるよりも、ご自身の力で道を開く貴方様のような生き方がしとうございます。
殿下のようなお人の傍で、学びたいと考えております」
令嬢たちも貴族社会がおかしくなっているのに、気がついたのだろう。
ヤルム王太子が王位についても、何一つ未来がない。
それに比べ聖女ヴィルヘルムは、決断力があり情が深い。
数百人の聖女が一気に選ばれ混乱する中、『先ずは同じ聖女同士、堅苦しい礼節は取り払って話し合いをしよう』と宣言した。
そして、家格も出自も関係なく、分け隔てなく相談に乗ったのだ。
王族であるヴィルヘルムが、だ。
「聖女ヴィルヘルム様の国へ参りますわ。この国の貴族の地位を捨て、ヴィルヘルム殿下の一助となりたいです」
「それはそれでアリね」
「ならば、もっと知識と力を付けたいわ。わたくし、ベアトリス様のご指南を受けてみますわ」
+++
カロトロピス王城の訓練場にて――聖女ベアトリスによる『死の特訓』が始まろうとしていた。
「選ばれし自称聖女(自称)たち」
ベアトリスは漆黒のドレスを翻し、金の瞳を爛々と光らせる。その美しさは冷酷さと狂気を孕んでいた。
「お前たちの力を拝見しよう」
訓練場には数十名の貴族令嬢たちが緊張した面持ちで立っていた。聖女ヴィルヘルムとの会話を経て、真剣に力と知識を求め始めた者たちだ。だが――
「……準備運動は終わったな?」
「はい……?」
「では死ね」
ベアトリスの宣言と共に、邪視が発動される。
「ぎ…がぁ‥‥‥!!」
本気で『死』を感じる。それに委ねればそうなると嫌でも分からされる。
「意志を持て。傀儡では抗えない」
「‥‥‥っ!!」
両親に金で聖女にねじ込まれた令嬢たちの心を穿つ言葉だった。
借金をしてまで、領民に苦労を掛けてまで。
汚いやり口で得た聖女に何の価値がある?
――変えなければ。自分を変えなければ‥‥‥!!
意志を強く持ったものの、、結局は『死』の痛みを受け昏倒してしまった。
ベアトリスはそんな令嬢たちに容赦しない。
「なぜ『死』を受け入れた?それが貴様らの限界なのか?」
「‥‥‥」
昏倒した令嬢たちは意識を取り戻したものの、何も答えない。
王太子派の令嬢達は逃げようともがき、喚いていた。
その罵声を意に介さずベアトリスは告げる。
「かの聖女は『死』に抗った。――私の邪視を跳ね退ける程に」
「‥‥‥」
令嬢たちは震える身体を起こす。恐怖で目を見開きながらも、ベアトリスの言葉に耳を傾ける。
「私が殺した聖女は筆頭だ。彼女は力に溺れ、傲慢になり、自滅した。
そうなりたくなければ、貴様らの意志で足掻け。
知恵を付け、正しく使え。身内であろうと悪意に呑まれるな」
(この人は……本当に厳しい)
(だけど言ってることは正しいかも)
(鬼畜だけど……ちゃんと見てくれている)
令嬢たちの中に希望が灯り始める。
厳しい特訓によって己を鍛えねばならない。その目的をしっかり理解していた。
「ベアトリス様!どうかご指導を!」
「私もお願いします!」
「わたくしも!!」
令嬢たちの士気が高まる中、ベアトリスは満足気に頷いた。
「良かろう。だが手加減はしない。死ぬ気でついて来い」
+++
「そうですわね。殿下の臣下を狙うのでしたら、殿下に恥じぬように賢くなりたいわ。善の魔女を目指すのも良いかと存じます」
「それならば、留学と云う体で我が国に来ると良い。多くを学び、賢くなれ。真に力ある聖女たれ。俺も貴女たちに負けぬよう、更なる力を得ると誓おう」
「「「「聖女ヴィルヘルム様ぁあああああ!!!!」」」」
令嬢たちは泣き崩れ、あるいは感涙に噎び、あるいは恍惚とした表情で聖女ヴィルヘルムを崇拝している。
聖女ヴィルヘルムが緩衝材となり、ベアトリスの知識も吸収していく令嬢達。
王太子のハーレムだったはずが、いつの間にか王太子派と聖女ヴィルヘルム派閥、そして聖女ベアトリス派閥に分裂していた。




