第8話 第4第5の雄姫様とデイジーのうっかり
「ガルァアガルガル、ガルルルルルル‥‥‥」
「あのー。姫様が『ケツの話ばかりするな、ぶっ殺すぞ』と仰っています」
「フシャアアアアアアアア!!!!!」
通訳兼侍女として一緒に赴いた同じ二重王国の子爵令嬢。
王女の影から顔を出しましたのは、フォクスさんです。
実は、彼女も聖女なんですけどね。
この国では下位貴族はハーレム要員にしないみたいなので黙っておきましょう。
「ご紹介します。バルバス二重王国王女、マグノリア・サルーキ・バルバス様です。神獣エレシュカの加護を受けた尊き血統のコボルト族の聖女でいらっしゃいます。
王女様、ご安心を。わたくしが通訳を務めさせていただきます」
「があううぅ~ゴラルルルル」
「『下等種族に言葉など通じまい、噛み殺す』とのことです」
「ガルルルグルアァァァ」
「シャアアアアア!!!!」
しかし、絵面が凄いですねぇ。
聖女じゃなければ魔獣の暴走ですねー。
「あらー」
貴族令嬢が大理石の床の上で気絶して横たわり、聖女エヴァンスと聖女マグノリアの間に挟まれるようにして震え上がっています。
一方で、ヤルム王太子。明らかにフォクスさんに狙いを定めています。
彼女の蜂蜜色の耳がぴくりと動き、青い瞳が王太子を品定めするように捕らえる。
(あら。王太子殿下の顔色がさらに青ざめた。どうやらフォクスさんの美貌には一瞬だけ心を奪われたようですね。一瞬だけ)
「フシャアアアアアアアア!!!!!!」
「がうっ! グルルゥウゥゥ!!」
「『私の侍女に色目を使うな、夜を楽しみにしていろ』とのことです」
ウィローさんと聖女マグノリアがガルガルフシャーって威嚇をするので諦めたみたいですけど。フォクスさんは困ったように首を傾げています。
さて、ラストです。
この方はヤルム王太子も解釈違いとは言わないでしょう。
歩む足音は双方異なりました。
濡れ羽色の美しい長い髪に金の双眸。
シンプルな黒いドレスながら、見事なプロポーション。
20歳前後の絶世の美女が挨拶致します。
「ふふッ。筆頭聖女が一人。邪視の魔女ベアトリスだ。
『世界の調整者』諸侯王・序列『総裁』。
お前たちが神聖視する神が定めた聖女を殺し、二度と転生出来ぬようにした者。
だから、現代は聖女に準じる者に過ぎない精霊の加護の強い者を『聖女』にしたのだったな。
お前ら人間風情が選定したハーレムの『聖女』もどき。
ふふふッ、私は所詮下位の諸侯王。ならば。
――お前たちは私を殺せるか?」
ベルさんは聖女大嫌いだからか、内容は穏やかではありません。
百数十年前の神の信託を得た聖女が陣頭指揮を執った、魔女狩り最盛期。
最も多くの人間を殺害し、歴代最強だった聖女さえも葬ったという伝説の魔女です。
「なあ。――お前たちに問うている」
ベアトリスさんはマジモンの魔女ですので、魔女の固有空間を持っています。
確か…『死』や『悪意』のある場所に空間を構築可能、でしたね。
まあ、皆に当たり前に在るものです。
今回、アルメナさんを聖女から降ろそうと画策した貴族と令嬢全員が、邪視で速攻捕捉されて転送されてきました。
あと、私を呼びつけて紅茶をぶっ掛けてきた方々もいますね。
あっ。私の鏡の加護でベルさんの邪視の範囲を増幅しているのは内緒ですからね。
「神が定めし聖女を殺した魔女を殺せば、その地位は確固たるものとなる。
で?誰もいないのか?」
「こっ‥‥‥殺される!!」
「ひいっ、申し訳ありませんっ‥‥‥‥‥!!」
令嬢たちは貴族らしさを捨て去ってベアトリスさんから逃げるように部屋の隅に縮こまりました。
「あらー」
「なあ。――お前たちに問うている」
ベアトリスさんのその一言で、貴族令嬢たちが一斉に悲鳴をあげました。その叫び声は恐怖に染まり、腰からくずおれる者さえいます。
彼女たちの目には狂気に彩られたベルさんの姿しか映っていないです。まるで悪夢が現実になったかのように。
「わ、私は……」
「聖女なんかじゃ……」
令嬢たちは泣きわめくように否定し始める。あまりにも脆い抵抗。
王太子殿下も口を開こうとするが、唇が震えて言葉にならない。
令嬢の顎をベルさんはその綺麗な指で添え、顔を上げさせました。
「ほう? 口答えとは随分と勇気がある。その度胸に免じて……」
ベアトリスさんがその金の双眸を細める。
「少しばかり痛い目に遭わせてやろうか。なに、心配無用。
お前たちに悪意が無ければ無いほど、私の攻撃など通じる訳がない。――なあ、聖女サマ?
抗え、私は邪視で貴様らを視認するだけだ」
次の瞬間──
「ぐぎゃああああッ!!」
最初に悲鳴をあげたのは中央の令嬢だ。彼女の全身が痙攣し、そのまま床に突っ伏す。
次々と他の令嬢たちも倒れていき、彼女たちの周りには奇妙な紋様が浮かび上がる。
「こ、これは……!」
「魔力の暴走だ!」
慌てる神官たちに対し、ベアトリスさんは冷淡に言い放つ。
「勘違いするな。お前たちが私に向けていた殺意や嫉妬を、そのまま返してやっただけのこと」
「そんな……!」
「ふざけるな!我々は 王太子殿下に命じられただけなのだ!」
一人の神官が涙目で訴える。
しかしベアトリスさんは全く聞く耳を持たない。
「くだらない言い訳ね」
彼女が視線を動かすと、その神官もまた倒れた。
「……どこまでも救い難い愚か者共め。聖女一人を酷使させておいて、よく神に仕えし者と名乗ったものだ」
もはや立っている者はほとんどいなかったです。
全員、死んではいませんが、ご自身の悪意と邪念を攻撃に転換されてもがき苦しんでいますね。
「この子、休ませていいかしら」
ベアトリスさんがアルメナさんの背中を撫でながらそう零した。
「やれやれ。お前も精霊も酷使され過ぎだ。話は雄姫様共々に任せて休むといい」
「え…でも‥‥‥」
「後はあの濃い面子がどうにでもする」
ベアトリスさんは凶悪な経歴の持ち主ですが子供好きです。
アルメナさんの疲労具合を見て、優しく声を掛けています。
「お前に悪意を向けた者は、私の『邪視』で相応の報いを受ける。デイジー。
お前が国を出る前に、鏡の加護で私の邪視をこの国の鏡や水、あらゆる反射物全てに適応させろ」
「はーい」
ある種の処刑宣告に、皆さんの脂汗が凄いですね。
「あ、ベアトリスさん。申し訳ないんですけど、私とアルメナさんは早めに国を出ないといけないんですよ」
「ふぅん、なあ。お前。アルメナ」
ベアトリスさんの氷点下まで下がった声に皆さん震えていますね。
でも、アルメナさんを見つめる目は優しいです。
「お前、国を出る前に会いたい者は居る?」
「あ…その…孤児院の皆に…会いたいです‥‥‥」
「なら、会いに行きましょう。――おい。聖女として貢献して来た娘だ。
その程度の時間くらいの猶予はあるな?」
「その、撤回……」
「王命、なのだろう?王太子殿下どの?安易に行使するものではあるまい?
それとも何か?聖女に準ずるお前の雛鳥たちが私を止めて見せるのか?」
ニタリ…。
ベアトリスさんがそんな風に笑うと、地に伏した令嬢たちは全部出していました。
「軟弱な聖女候補ね。――ああ、戻り次第、神官や聖女候補には力を底上げしてもらおうか。
なに、死ぬほど鍛えれば、直ぐだ」
「鬼‥‥‥鬼だ‥‥‥」
「魔女だ‥‥‥」
「悪魔だ‥‥‥」
神官たちも王太子殿下も言いますね。
「事実を言ってどうするの?愚かね」
ベアトリスさん、気さくな方なんですけどね。
あ、そうそう。
「ヤルム王太子殿下。国王陛下からの『王命』で、此度の聖女アルメナの国外追放と雄姫様ハーレム入り。
雄姫様方の国の重鎮たちに現在進行形で中継中です」
王太子曰く、役に立たない鏡の加護ですからね。
言うのが遅れちゃいました、テヘ。
私の一言で、部屋の空気が凍り付きました。
「は……? 中継だと?」
ヤルム王太子が青ざめた顔を上げる。鏡に映った自分の醜態を認識する暇もなく、王宮の窓全てが突然発光し始めた。
そこには4か国の王宮や神殿の大広間が映し出されています。
――カロトロピス王国国王陛下ら
「王命を勝手に使いおって……。計画を前倒しにせねば。ムラト、其方の教育が間に合って良かった」
鏡面越しに弟王子の怒声が轟く。
「神殿の傀儡になるなんて!!雌猫どもと乳繰り合う暇があれば、雄姫様たちに誠心誠意ご奉仕されるがよい!」
病床に就く国王陛下の横にいる宰相や大臣たちが深々と溜息をついている。
「陛下も酷い……王太子を生贄にするなんて」
「いやあ、良い機会だ。あの馬鹿どもには徹底的に反省してもらおう」
――グリンホルン共和国内。
別の水晶玉では壮麗な共和国元老院の光景。
「いやー、流石ヴィルちゃん!自慢の弟だ」
アーチバルド王太子がニコニコでその姿を眺めていた。
「ああ!なんと勇ましい雄姫様ぶり!我々共和国国民は今後も聖女ヴィルヘルム様を全力で支援するぞ!」
議会席では各元老院議員が拍手喝采。一般国民も街頭大型スクリーンで鑑賞しているようだ。
「あの筋肉……!」「推せますわ!」
特に女性市民からの反応が熱狂的だった。
――カルディア国とバルバス二重王国の反応
「兄上……」
カルディア国の王宮ではバルヒェット現公爵が兄コンラートを見つめていた。
「あんなに生き生きとした兄上は初めてだ。ヴィルヘルム王子殿下の元、その手腕を発揮しているだけの事はある」
性癖を理由に当主の座を辞した兄が幸せそうで良かった。妹も隣で優しく微笑む。
一方バルバス二重王国では……
「マグノリア!」
王妃が涙ぐんでいる。巨大なコボルト王女マグノリアは画面越しに母上に吠えた。
「がうっ!グルルル~」
「『お母様。下等種族共に思い知らせてやりますわ』だなんて、流石我が娘!!」
国王も含め宮廷全体が畏敬の眼差しで見守っていた。
「お……おのれ……」
ヤルム王太子が震えながら呟く。しかし既に遅かった。
聖女ヴィルヘルムが甲高い声で宣言する。
「さあ王太子殿下。我々雄姫様一行とハーレム生活を開始致しましょうか」
同時にマグノリア王女が巨大な牙を見せつける。
「グオォォォオオッ!!」
フォクスが苦笑しながら通訳した。
「『さあまずは王太子のその薄汚い尻を検査しろ』との事です」
コンラートが嬉々として神官長の袖を引っ張る。
「わたくしは……この方で結構ですわ。オ・ハ・ナ・シ……致しましょう?」
神官長は泡を噴いた。
神官長のお尻を鷲掴みにしているのは、見なかった事にしましょう。
「そうですわよ、王太子殿下」
「国の指針となるべき者が簡単に約束を反故にするなど、あってはなりませんわよ」
聖女エヴァンスと聖女ヴィルヘルム二人の雄姫様に詰められては、王太子殿下はガタガタ震えて頷くしかありません。
命のやりとりをしてきましたので、迫力が違いますね。
それに聖女マグノリアやベルさんも居ます。一騎当千どころではない猛者の方々ですので。
聖女マグノリアが時々『グルル‥‥‥』と喉を鳴らしたり、聖女コンラートが「あらやだ、失礼しちゃうわ」などと野太い声でつぶやきながら、ねっとりした視線で神官長を見ていますから。
確か、小太り中年男性がどストライクでしたっけ。
「コンラートさーん。よそ見は駄目ですよー」
「あらやだ、ごめんなさいね。……王太子サマをアタシ好みにして良いかしら?」
「それは他のハーレム要員と相談と言うか、戦って勝ち取って下さいねー」
「あら、勿論ですわ!」
コンラートさんはにっこりと笑い、その目は完全にハンターのそれです。
王太子殿下は再び背筋を凍らせました。この人(?)には絶対に関わらないようにしようと固く誓ったでしょう。無理ですけど。
「それでは最後に──」
私は改めて声を張り上げる。
「こちらがヤルム王太子殿下ご所望の『おひめさま』な聖女方です!皆さま、今後ともよろしくお願いします!」
私はアルメナさんと護衛を買って出たベルさんを連れて踵を返します。
「ではこれにて失礼します。アルメナさん、行きましょう」
「え?ちょっと待ってくれ!デイジー!」
王太子殿下が慌てて呼び止める。だが私は振り返りません。
だって追放されますからねー。
「こんなの聞いてないぞ!」
「ですから、言いましたよ?雄姫様な聖女をお連れしますって」
私はニヤリと笑って肩越しに振り返った。
「後は雄姫様にご相談してください」
「デ、デイジー!?」
「我々はすでに彼らの管理下にあるのです!」
「安心してください。王太子殿下とご令嬢たちもしっかり面倒見てもらえますよ♪」
「違う、そうじゃない」
「じゃあね。デイジー。アルメナさん。わたくしたちがちゃぁああんと、引き継ぎますわ」
「ガルルルグルアァァァ」
雄姫様たちの頼もしい応援を受け、私とベルさんはアルメナさんを伴い、速やかに城を後にしました。
こうして、カロトロピス国王宮の一室には、王太子殿下を中心に、雄姫様のハーレムが誕生したのです──。




