第6話 第一の雄姫様 ファインブルク王国侯爵家の姫
「……ということで王太子殿下のご希望通りに『おひめさま』な聖女たちをご招待いたしました。
雄姫様方の自己紹介だけしたら私は帰りますので。
各国からの招集なので、時間が掛かって申し訳ございません」
「えっ、ちょっ、まっ」
「では、一人目の雄姫様、どうぞー」
白銀の髪の方が一歩前に出ました。白銀の長い髪を高く結い上げ(カツラです)、宝石のように輝く金の瞳を持つ御仁です。
「筆頭聖女その①。エヴァンスがご挨拶申し上げます(心地良いテノールの裏声)」
魔王戦や諸々の戦いで鍛え上げられた…と、言うよりもお子さんを高い高いする為に鍛えた細マッチョです。
ドレス姿で悠然と佇んでいます。身長は赤髪の雄姫様より少し低い程度でしょうか。
美形に属するのですが、弟嫁さんをハーレムに入れようとした馬鹿王子に怒り心頭でして。
こめかみや首に血管ビキビキ浮き立たせて怒気を放っています。
「わたくしは神の腹心である神龍の系譜に名を連ねる者でございます。
皆さまには我らが神龍・静かに激怒する雷竜が選定した聖女がご迷惑をお掛け致しました。
今日からは聖女ヴィルヘルムらとともに、馬鹿…王太子殿下のハーレムに入り、雄姫様の任を全ういたします。以後お見知りおきを(澄んだテノールの裏声)」
「ファインブルク王国の侯爵家の姫です。ヤルム王太子殿下のご要望通り、高貴な身分ですよー」
本当の侯爵家の姫はバーンベルク侯爵の嫡子なんですけどね。
まだ二歳ですし、ご本人が姫だと言い張っているので問題ないでしょう。きっと。
王太子殿下の顔が青ざめていく。彼の脳裏を駆け巡るのは「お姫様」という言葉の意味が完全に崩壊したことでしょう。
「こ……これはどういうことだ!?姫と言えば深窓の令嬢であろう!?」
この発言で聖女エヴァンスの怒気が跳ね上がりました。
令嬢は失神したフリをしていますが、こちらも床が濡れています。
「何言っているんですか。この方々は正真正銘の『おひめさま』ですよ? 豪奢なドレスも着ていますし、家格だって最高級かつ美貌の持ち主ですよ」
美形だからと言って、女装が似合う体格ではありませんが。
まぁ、いっか。
「ほ、本当なのか?」
神官長が震えながら問いかけて来ます。
コンラートさんに物凄い熱のある瞳を向けられて汗びっしょりなのは、気のせいでしょう。
聖女コンラート、公式の場で女装の許可が出て若干テンション上がっているのでしょうか。神官長にウインクしてアピールしているのも、気のせいですね。
エヴァンスさんが一歩前に出て優雅に膝を折ると、完璧なカーテシー(ただし筋骨隆々)を披露した。
「神龍の血筋なんぞ恐れ多いにも程がある!!」
「ですから、神龍様が超常の階級――『世界の調整者』としてお持ちであった、諸侯王・序列『侯爵』を受け継いだ、れっきとした『姫』です」
「いやそういう意味での姫では‥‥‥」
「ならば、どういう意味ですの?(地声)」
聖女エヴァンスがぬっと手を伸ばし、ヤルム王太子殿下の頭を鷲掴みにします。
いやー。しかし、化けましたねー。
エヴァンス・バーンベルク侯爵は、小侯爵時代は領地経営とご自身の奥方にしか関心の無い、コミュ障気味な御方だったんですけどね。
数年前に聖女を私物化する組織の所為で、弟夫婦の命を失いかけました。先代侯爵も腕を欠損しています。
コミュ障気味では大切な者の命が溢れ落ちるって、覚醒しまして。
だから、こういう奇抜な格好も率先してやるようになっちゃったんですよね。
ですので、弟君の奥方――ヤルム王太子殿下がご所望した、お姫様な聖女にあたる弟嫁を狙われて、酷くご立腹です。
「わたくしの義妹……『お姫様な聖女』を狙ったのは、一体どちら様でして?」
聖女エヴァンスが王太子殿下の頭を優雅に撫でながら尋ねます。
撫でるというよりは、鉄塊を握るような圧力で頭蓋骨がミシリと軋む音が響いていますが、あれでも加減はしています。
「ぎゃああっ!?」
ヤルム王太子の悲鳴が広間に響きました。聖女エヴァンスの指が頭蓋に食い込むたび、王太子の顔から汗が噴き出し、口から泡が飛ぶ。
「まあまあ、落ち着いてくださいまし? ご挨拶の途中ですわ」
エヴァンスは一瞬だけ手を緩め、満面の笑み(ただし眼差しは氷)を浮かべた。その笑顔のまま続ける。
「わたくしの義妹……あの子を苦しめたあの事件で。わたくし、決めましたの。
大切な者を守るために、あらゆる覚悟を決めると。
義妹よりもわたくしが良いと、馬鹿王太子殿下にはしかと。
――わたくしの愛を伝えたく存じます」
(馬鹿って言ってる‥‥‥)
聖女エヴァンスが優しく抱擁します。
大丈夫ですかね?ヤルム王太子殿下から変な音していますけど。
バキボキと。大丈夫だと思いたいですね。フィジカルが強い方のハグですので。
「―――っっっ!!!???」
王太子が声無き悲鳴を上げながら聖女エヴァンスの腕の中で痙攣しています。
その様子を見て聖女コンラートが恍惚の表情を浮かべて呟いています。
「美しい……雄姫様の愛が炸裂している……」
「いやいや、完全に暴力だぞ!?」
聖女ヴィルヘルムがツッコミを入れますが、聖女エヴァンスは無視して話を続ける。
「ヤルム王太子殿下、覚悟はよろしくて?」
エヴァンスの声が一段と低く沈む。まるで地獄から這い上がる怨嗟のように。
「義妹を弄ぼうとした罪……、彼女の『姉上』として優しく愛でて差し上げますわ」
そう言い終わるや否や、エヴァンスの両手が王太子の胴体をしっかりと捕らえました。今度は全身を使った抱擁ですね。
うーん、鯖折り?
「ぐええええ!?!?!」
王太子の口から絶叫が迸ります。エヴァンスの両腕の筋肉が隆起し、岩山をも砕くほどの剛力を発揮してんじゃないかって位、王太子の肋骨や脊椎がミシミシと歪む音が室内に響き渡った。
「ひっ……ひっ……おやめ……」
王太子が涙目で懇願する。だがエヴァンスの表情は変わらない。寧ろ慈愛に満ちた微笑みさえ浮かべている。
血管ビキビキですけど。
次の瞬間。
「そぉい!!」
玉座の間全体が地震のような振動に包まれた。エヴァンスが(優しめに)王太子を床に叩きつけたのである。
「ごっべぇええ!!」
王太子が蛙のように床に張り付き、肺から空気を絞り出す。
「……ご安心を。きちんと生かしておきますわ」
「……盾の加護張っておいたので」
聖女ヴィルヘルムのアシストが無ければ、死んでいません?
でも、何か既視感があると言いますか。
「あら、わたくしの愛はまだまだ序章ですことよ?――夜、激しく致しますわ」
「ぎゃあああ!!」
聖女エヴァンスが王太子の頭を踏みつけて宣告してます。
あ、アレですね。
弟さん(フィジカルが強い)との戯れがこんな感じなんでしたっけ。実際はもうちょっと派手ですけど。
ご本人はあれで手加減のつもりみたいですけどね。
「次の方はグリンホルン共和国の雄姫様です。聖女ヴィルヘルム、どうぞー」
「国際問題!!??」
だって、おひめさまをご所望でしょう?
だから集めたんですから。いろんな国の雄姫様。




