第4話 教皇猊下の奥方『うちの夫、可愛い』
聖女ヴィルヘルムが持ってきた巨大な姿見に私の鏡の加護でとある方を投影します。
「教皇猊下!!!???」
神官たちは完全に腰を抜かしていました。
白い清楚なドレスを着て女装する教皇猊下に、神官たちは錯乱状態でした。
‥‥‥大丈夫です、教皇様。
奥方は、『あら、可愛い』とニコニコで仰っているので。
『あなた方は聖女アルメナに随分と熱心に、淑女教育と王太子妃教育を受けさせていると聞き及んでおります。
わたくしはこの歳になるまで、聖女に高位貴族の振る舞いが課せられると存じ上げませんでした。
ですので、同じ神と精霊を信仰する者として、あなた方神官もその教育を受けるべきかと存じます。
無論、わたくしもですわ(裏声)』
私の鏡の加護で自国から遠隔映像で語る、淑女に相応しいカーテシーをする教皇猊下(92歳)。
聖女エヴァンスがサラッと背後からブツを取り出します。
「教皇猊下からの下賜です。そして猊下の御下命ですわ。受け取りなさい」
聖女エヴァンスに脅迫まがいに渡されたランジェリーを見た神官長が悲鳴を上げました。
それは花柄のレースに彩られた可憐なブラジャーとパンティ――
ええ、女性下着の男体仕様です。
「こ、こんな物を我々に着用しろと……!?」
「そうですわ(地声)」
聖女エヴァンスが淡々と続けます。
「平民と貴族では礼節などに差異がございます。為政者の前に出るならば、相応の礼儀は必要でしょう。
ですが、聖女アルメナの出自を嘲り、鞭を打ち、作法を強要すべきではありません。
あなた方が聖女アルメナに課した教育と献身。その全てを分担していただきます」
アルメナさんは平民です。
ある程度の作法は必要ですが、出自を考えても最低限の礼節で十分です。
それが無理矢理、高位貴族の教育を学ばされたと。更に王太子妃教育も。
出来なければ、手や背中を鞭で打つなど折檻があったと聞いています。
なので、彼女に悪意を持って加担した神官一同(男性)に、彼女に強要した全てのカリキュラム(淑女教育)を行うそうです。
なお、神官たちが拒否した場合は‥‥‥。
『あなた方が拒否するのでしたら、わたくしがその学びを得たいと思います』
教皇がその虐待同然の教育を受けるとのことです。
その虐待同然の教育をしていた講師三人ですが。アルメナさんを打った鞭を持って、震えながら教皇の傍に居ます。
聖女エヴァンスが拉致‥‥‥じゃなくて、聖女の計らいで教皇猊下に淑女教育を課すべく招待しました。
中々ない機会ですので、泣いて喜んでいますね。
「……拒否いたします!!」
一人の若手神官が震えながら叫びました。
「教皇猊下が……我らのために鞭を打たれるなど……そんなこと……!!」
「そうだそうだ!我らが代わりに受けるべきだ!!」
「いや、それでは聖女に劣るではないか!我々は神に仕える者だぞ!!」
一部の神官たちはプライドなのか何なのか、教育拒否派と実行派に分裂し始めています。統率も何もあったものではありませんね。
『ふむ……』
鏡の向こうで教皇猊下が小さく唸りました。そして、ゆっくりと口を開きます。
『では……わたくしが代わりに王太子妃教育を学び、鞭を受けましょう。聖女アルメナの先生?
わたくしは没落貴族の出ですので、平民と変わりません。
どうぞ、聖女アルメナに指南した通りのご指導ご鞭撻のほどをお願い致します』
『あ…その‥‥‥』
「「「教皇猊下!?」」」
神官たちが驚愕に目を見開きます。まさかの提案に彼らの顔色がさらに悪くなりました。92歳の教皇に鞭打たせるなど、殺人行為に等しいことは誰の目にも明らかです。
『聖女アルメナ嬢の痛み……私も多少は理解しておきましょう』
優しい笑みを浮かべる教皇猊下。
しかし、その笑みは場の雰囲気を和らげるどころか、さらなる恐怖を呼び起こしました。
「お待ち下さいませ、猊下」
聖女ヴィルヘルムが凛とした声で叫びました。
「もし万が一のことでもありましたら……」
そこで聖女ヴィルヘルムは一旦言葉を切り、意味深に告げました。
「邪視の魔女が掛けた、教皇の死の呪い。貴方だからこそ呪いは効力を発揮しておりません。
もしも、空位となった場合。――そこの神官長がその座に就くとでも?
おぞましい形相で死に至り、魂すら消失する、その座に」
「掛けた邪視の魔女本人も解呪不可能な呪いでしたわね」
「「「……!?」」」
そうなんですよね。
ご本人も、何で教皇猊下が三年も無事か、ハッキリとは分からないそうです。
「ああ、そこな講師。鞭を打つのならばその行為に正当性があると、気を引き締めて猊下を打ちなさい。
くれぐれも、ほんのひとかけらの悪意を抱かぬように」
「猊下に何かあれば、――死んでいった教皇と同じ結末に至りますわ。
まあ、過去に何の悪意も抱かずに最高の教育をしたと自負するのならば、邪視は発動致しませんわ」
「あっ、邪視の魔女は、私の鏡の加護で貴女を見ていますからねー。
まあ、この国では役に立たない加護らしいので、お気になさらず」
『ひぃぃいいいい!!???』
神官長をはじめ、他の神官たちの顔面から血の気が引きました。
その呪いは彼らにとって死神のような存在です。
「いっ……嫌です!私は!教皇になりたくないっ!」
『申し訳ございません!!出来ません!!』
『信念があるのでしたら、邪視は効きませんよ』
『いいえ、私は孤児で下賤なものだからと、些細なことで鞭を打った愚か者なのですぅぅぅ!!!』
神官長も講師も頭を振りながら悲鳴を上げました。他の神官たちも顔を青ざめさせています。
どんな死に方をするか知っているのでしょう。
それが嫌で、今まで誰も教皇の座を奪わなかったのですから。
「よろしい。では選択肢は一つに絞られましたわね」
聖女エヴァンスが宣告しました。澄んだテノールで甘く優しく。地声で怖く厳しく。
「選択肢……だと?」
「ええ。聖女の務めと王太子妃教育を同時並行で受けていただくか……」
聖女エヴァンスの双眸が妖しく光ります。
「教皇猊下殺害の共犯者となるか。二つに一つでしてよ」
「「ヒィッ!?」」
神官たちはもはや絶叫しか上げられませんでした。どちらを選んでも地獄。彼らの心は完全に折れていました。
教皇猊下が微笑み、教師に召喚ゲートを通ってカロトロピス国に戻るように告げました。
教師は戦慄しながら恭しく頭を下げます。……何だか床が濡れていますが、まあ気のせいでしょう。
「じゃあ、後続の雄姫様をお呼びしますねー」
他の聖女たちの異様な姿(+教皇猊下)に耐えきれなかったのでしょう。
筆頭聖女が無双しているうちに、私はくるっと振り返ると、床に座り込んだ王太子殿下を見下ろしました。
「さて?王太子殿下。ご希望の『おひめさま』聖女たちはいかがでした?まだ他にいらっしゃいますけども?」
「ひ、ひいいいいい!!」
王太子殿下は腰を抜かして後ろに倒れ込み、盛大に尻餅をつきました。そのままガタガタと震えながら這いずるように逃げようとします。
貴族令嬢は既に気絶していて、大理石の床に華麗に伸びていました。
「デイジー」
女性の美しい声が聞こえました。
「小休憩も済んだから、そちらに向かう」
「あ、はーい。ベルさん」
ミチミチに詰まった雄姫様を転送先に押し出して、出遅れた雄姫様の登場です。
そう言ってふわりと降り立った絶世の美女に、王太子殿下は釘付けになりました。




