第七話:教会の傲慢と、掲げられた長剣
教会からの親書が届いてから数日後。
黒鉄の砦の城門前に、数台の豪奢な馬車が到着した。
現れたのは、白い法衣を着た神官たちと、王都の第一聖女エレナの直属である『聖殿騎士団』の面々。彼らは砦の武骨な石壁を見上げ、汚らわしいものを見るかのように鼻を鳴らした。
アトリエから一階の謁見の間に呼び出された私は、レオンの背中の後ろに隠れるようにして立っていた。私の前には、ギルバートとミレイアが壁のように立って守ってくれている。
「――国境守備隊長レオン。大司教閣下の命に基づき、異界の女、スミレの身柄を引き取りに参った」
使者として前に出たのは、ふくよかな体型を傲慢に揺らす高位神官の男だった。彼は私を一瞥すると、冷酷に口元を歪めた。
「そやつが描いたという『聖画』とやらもすべて没収する。第一聖女エレナ様がそれらを直々に検分し、教会の『聖遺物』として登録されることとなった。光栄に思うが良い」
「お断りいたします」
レオンの声は、凍りつくほどに冷徹だった。
「スミレ殿は王宮の鑑定儀式において『絵師』、すなわち聖女ではないと公式に判断されたはずです。平民である彼女の身柄を、教会が強制的に拘束する法的根拠はありません。また、彼女の描いた絵は我が守備隊の私財であり、渡す義務はない」
「黙れ、無礼者が!」
神官が激昂し、顔を真っ赤にして叫んだ。
「現在の国境の結界は崩壊寸前なのだ! エレナ様の神聖な魔力を維持するためには、その絵の『永久持続する結界』の力がどうしても必要なのだ! 国の利益を損なう気か!」
神官の口から出たその言葉に、背後の聖殿騎士たちが一瞬、動揺したように視線を泳がせた。
やはり、レオンの言った通りだったのだ。王都の聖女たちの力はすでに枯渇しかけており、彼らは教会の無能を隠蔽するために、スミレの力を強奪しにきたのだ。
「フン、言い訳は無用だ」
神官は懐から、大司教の紋章が刻まれた臨時の『強制連行状』を突き出した。
「これに背く者は、神への反逆とみなし、逆賊として処刑する! 聖殿騎士ども、その女を捕らえよ!」
ジャキリ、と聖殿騎士たちが一斉に剣を抜いた。
その瞬間、私の心臓は恐怖で凍りつきそうになった。私のせいで、レオンや砦のみんなが犯罪者にされてしまうかもしれない――。
「待ってくださ――」
私が声を上げようとした、その時だった。
――キィンッ!
鼓膜を突き刺すような鋭い金属音が響いた。
見ると、レオンが腰の長剣を極限まで引き抜き、神官の喉元へ寸前で突きつけていた。彼の全身から放たれるのは、魔獣をも一瞬で竦み上がらせる、圧倒的な戦神の覇気だった。
「……っ!? ひ、ひぃっ!」
神官は腰を抜かし、無様に床へへたり込んだ。聖殿騎士たちも、レオンのあまりの剣気の一閃に、一歩も前に進めず硬直している。
「勘違いするな、教会の犬ども」
レオンは冷たい青い瞳で見下ろしながら、一文字ずつ刻みつけるように言った。
「我ら国境守備隊は、命を懸けてこの国を魔獣から守ってきた。だがそれは、前線の兵士を見捨て、無辜の民の才能を搾取する貴様らの利権を守るためではない。……これ以上、スミレに無礼を働くならば、教会の権威ごと、我が剣で叩き斬ると思え」
「た、隊長……!?」
ギルバートたちがニヤリと不敵に笑い、腰の剣の柄に手をかける。衛生班長のミレイアも、いつでも攻撃魔法を発動できるよう、指先に怪しい光を灯していた。砦の騎士たち全員が、王都の命令ではなく、レオンとスミレのために戦う意思を示したのだ。
「逆賊め……! 必ず後悔させてやるからな!」
命の危険を察した神官は、部下に抱えられながら、捨て台詞を残して蜘蛛の子を散らすように馬車へと逃げ帰っていった。
嵐が去った謁見の間で、レオンは静かに剣を鞘に収めると、すぐに私の方を振り返った。その表情は、先ほどの冷酷な軍人のものから、痛々しいほどに私を案じる優しい顔へと戻っていた。
「怖がらせてすまない、スミレ。怪我はなかったか?」
「レオンさん……。私は大丈夫ですけど、本当に良かったんですか? 国を敵に回すようなことになって……」
不安で震える私の手を、レオンは両手でしっかりと、包み込むように握りしめた。
「問題ない。これで教会は、力ずくで君を奪うために、本気で手段を選ばなくなってくるだろう。……だが、どれほど巨大な勢力が相手でも、私は君の手を離さない」
彼の力強い言葉と、手の温もり。
王都の教会との全面対決が、ついに避けられないものとなっていた。




