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雨の日の約束

第七話 雨の日の約束


私はその場から動けなかった。


窓の向こうには雨が降っていた。


ランドセルを背負った子供。


その隣に立つ、傘を差した長い黒髪の子。


景色はぼやけている。


顔も見えない。


なのに胸の奥だけが、何かを知っているような気がしていた。


知らないはずだった。


でも、知らないと言い切るには引っかかりが大きすぎた。


クロが窓の前で座っていた。


尻尾をゆっくり動かしている。


じっと窓の向こうを見ていた。


私は窓へ手を触れた。


冷たかった。


雨粒がガラスを伝って流れていく。


その向こうで、ランドセルの子供がゆっくり動いた。


歩いた。


傘の子の後ろを。


雨の中を。


私は目を細めた。


二人ともこちらへ来るわけではなかった。


逆だった。


遠ざかっていた。


校庭の向こうへ。


どこかへ向かっていた。


その時だった。


クロが突然立ち上がった。


そして廊下の奥へ走り出した。


「おい!」


私は慌てて追いかけた。


クロは止まらない。


曲がり角を曲がる。


階段を下りる。


私は必死についていった。


変だった。


この学校にこんな場所はなかったはずだった。


階段が長い。


長すぎる。


一階へ降りるだけの階段じゃない。


二階。


一階。


そのまま地下へ続いている。


私は足を止めた。


学校に地下なんてなかった。


クロは振り返る。


待っている。


私はため息を吐いた。


今さらだった。


時計は止まる。


廊下は伸びる。


死んだ猫は生きている。


今さら地下があっても驚くことじゃない。


そう思って階段を降りた。


下へ行くほど空気が変わっていった。


少し湿っている。


そして妙な匂いがした。


雨の匂いだった。


アスファルトが濡れた時の匂い。


夏の夕方、急に降り出した雨の匂い。


私は眉をひそめた。


嫌な感じがした。


懐かしい感じでもあった。


クロが止まる。


階段の下だった。


そこには扉があった。


古い扉だった。


小学校の教室の扉じゃない。


もっと小さい。


金属製で、少し錆びていた。


そして中央に紙が貼られていた。


白い紙。


黒い字。


そこにはこう書かれていた。


『忘れ物保管室』


私はしばらく見つめていた。


学校の忘れ物置き場。


そんなものはあった気がする。


傘とか、水筒とか、体操服とか。


誰かが失くしたものが集まる場所。


でも何故だろう。


胸の奥がざわついた。


ただの忘れ物とは思えなかった。


クロが扉を見上げる。


そして私を見た。


開けろ、と言っているみたいだった。


私はゆっくり扉へ近付く。


金属の取っ手に触れた。


冷たい。


そして。


その瞬間だった。


頭の中で声が聞こえた。


『また忘れたの?』


私は息を止めた。


知らない声だった。


でも、胸の奥だけが震えた。


何かを思い出しそうになった。


雨の日。


教室。


ランドセル。


誰かが笑っている。


そして。


『しょうがないなぁ』


頭痛が走る。


私は思わず頭を押さえた。


クロが小さく鳴く。


気付けば、扉が少し開いていた。


暗闇が見えていた。


その奥に。


何かが並んでいた。


傘。


ランドセル。


上履き。


ノート。


机。


椅子。


……そして。


人影。


私は凍り付いた。


それは長い黒髪の子だった。


暗闇の中でこちらを向いていた。


今度は手招きしていなかった。


ただ、じっとこちらを見ていた。


そしてゆっくり、自分の胸元を指差した。


私はその場所を見た。


名札があった。


白い名札。


でも名前の部分だけ、真っ黒に塗り潰されていた。


第七話 雨の日の約束 終

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