向けられる側
第四十話 向けられる側
俺は息を止めた。
ホームにいた全員が、こっちを見ていた。
何百人。
いや、もっといたかもしれない。
ベンチに座っていた奴。
階段を歩いていた奴。
電車へ乗ろうとしていた奴。
全員だった。
カク。
ゆっくりと。
全員の顔が俺へ向いていた。
何も言わない。
笑わない。
怒らない。
ただ見ているだけだった。
なのに嫌だった。
異常なものを見た時の怖さじゃない。
もっと違うものだった。
教室へ入った瞬間、知らない奴らが一瞬こっちを見る感じ。
発表の前、全員がこっちを向く感じ。
あの嫌な感じだった。
「……何だよ」
喉が少し乾いていた。
誰も動かない。
ただ視線だけがある。
その時だった。
ふと横のガラスが目に入った。
広告板だった。
映っていた。
俺だった。
ホームへ立っている俺。
普通だった。
何も変じゃない。
そう思った。
でも次の瞬間だった。
違和感が走った。
肩だった。
少し上がっている。
変だった。
力が入っているみたいだった。
俺は眉をひそめた。
別のガラス。
今度は歩いている俺だった。
何か変だった。
腕の振り方。
足の出し方。
ほんの少しだけぎこちなかった。
別の時計の表面。
笑っていた。
でも笑顔がおかしかった。
少し引きつっていた。
俺は顔を逸らした。
「……違う」
小さく言った。
違う。
こんなじゃない。
俺はこんなんじゃない。
でも。
別の窓。
また俺がいた。
また少し変だった。
別の窓。
また。
別のガラス。
また。
全部少しずつ違った。
全部少しずつ変だった。
気付けば周囲全部に俺がいた。
広告板。
時計。
窓。
床。
全部だった。
何百人もの視線の中に、何百人もの俺がいた。
その時だった。
「……変じゃなかった?」
声がした。
俺は止まった。
後ろだった。
振り返る。
誰もいない。
今度は横だった。
「笑い方変だった」
前。
「歩き方おかしくない?」
別の場所。
「見られてる」
「何か変」
「何かおかしい」
「変に思われたかも」
俺は眉をひそめた。
聞いたことがある声だった。
いや。
違う。
知っていた。
ずっと聞いていた。
頭の奥で。
ずっと。
毎日。
「……っ」
俺は止まった。
凪原が少しだけこっちを見た。
でも何も言わなかった。
ただ少しだけ顔色が悪かった。
その時だった。
床だった。
タイルの隙間。
そこに映っていた俺が、急に顔を上げた。
俺は固まった。
映っている俺が、こっちを見ていた。
そして笑った。
口だけだった。
目は笑っていない。
ゆっくり言った。
『気付いた?』
俺の背中が冷えた。
『誰も見てないのに』
『ずっと見てたのは』
『お前じゃん』
カク。
音がした。
周囲だった。
ホームにいた全員が。
またゆっくり首を傾けていた。
今度は同じ方向じゃない。
少しずつ角度が違った。
でも全員同じ顔だった。
不思議そうな顔。
何かがおかしいものを見る顔。
そして俺は初めて思った。
もしかして。
俺は本当に何か変だったんじゃないか、と。




