映る視線
第三十九話 映る視線
俺は止まった。
ホームのガラスだった。
電車の窓。
広告板。
時計の表面。
全部に凪原が映っていた。
でも場所が違った。
教室。
廊下。
体育館。
電車。
全部違う場所だった。
そして、全部の場面で周りの人間が凪原を見ていた。
笑っていない。
怒ってもいない。
普通だった。
ただ見ているだけだった。
でも何か変だった。
視線がいやに気持ち悪かった。
「……おい」
俺は横を見る。
凪原の本を握る手に少しだけ力が入っていた。
その時だった。
ガラスの向こうから声が聞こえる。
「変じゃなかった?」
別のガラス。
「今の間、長くなかった?」
また別のガラス。
「見られてる」
「変に思われたかな」
声が重なっていく。
俺は眉をひそめた。
「何だよこれ」
凪原は震えながらしばらくガラスを見ていた。
そして小さく言った。
「…ここで乗り越えないといけない試練がわかった。」
「は?」
「これは、私が私自身に向けていた視線。」
俺は止まる。
「何言ってんだ?」
凪原はガラスの中を見る。
「前のステージでも似たような事があった」
「私が怖がってたものを見せられた」
確かに、さっきの俺もそうだった。
「私にとって視線は怖いものだから。」
「だから、まずはその恐怖に向き合わされるんだ。」
「なら、どうすれば良いんだ?」
俺は聞く。
「例えば」
凪原は少し考える。
「誰かが普通に見ただけなのに」
「……嫌われたかな、とか」
「変だったかな、とか」
「勝手に考える時あるでしょ」
俺は何も言わなかった。
少しだけ思い当たったからだった。
凪原は続ける。
「そういう視線に対する恐怖心を乗り越えないといけない。」
「しかも、自分の視線と他人の視線の二種類。」
「これ、そうとう苦しい戦いになるよ。」
その瞬間だった。
ホームにいた何百人もの奴らが、一斉に動いた。
カク。
全員同時だった。
全員の顔が、凪原からゆっくり離れる。
そして——
俺を向いた。
凪原が初めてこっちを見た。
「……黒崎」
少し間。
「今度は、多分あんたが向き合う番。」
俺は息を止めた。
第三十九話 映る視線 終




