昼休みの音
第四話 昼休みの音
「お前、一人なの?」
声は、すぐ隣から聞こえた。
私は身体を動かせなかった。
心臓が嫌な鳴り方をしていた。
速くなっているわけではない。
逆だった。
一回、一回が妙に重い。
胸の内側を鈍器で叩かれているみたいに、ゆっくり響いていた。
私は隣を見た。
顔がなかった。
目も、鼻も、口もない。
ただ肌色の平面だけがあった。
なのに、不思議なことにそいつがこちらを見ていることだけは分かった。
人間は目がなくても視線を感じるのかもしれない。
私は何も言えなかった。
言葉が喉の奥で止まっていた。
何を言えばいいのか分からなかった。
「一人なの?」
そいつはもう一度言った。
同じ声だった。
子供の声。
男か女かも分からない。
聞いたことがあるような気もするし、全く知らない声のような気もした。
私は口を開いた。
「……何が」
自分でも驚くくらい小さい声だった。
顔のない生徒は少し首を傾げた。
「何がって?」
何故だろう。
そいつは何もしていない。
何もしていないのに、妙に怖かった。
怒鳴ってくるわけでもない。
近づいてくるわけでもない。
ただ話しかけているだけなのに。
私は気付いた。
こいつは質問しているんじゃない。
確認しているんだ。
私が「そう」であることを、最初から知っている人間みたいに。
「……別に」
私は視線を逸らした。
窓の外を見る。
校庭があった。
小学校の校庭。
鉄棒。
ブランコ。
ジャングルジム。
サッカーゴール。
春の日差しが地面を照らしている。
何人かの子供たちが走っていた。
笑い声が聞こえる。
不思議だった。
教室には顔のない生徒しかいないのに、外では普通に子供たちが遊んでいた。
私は少し安心した。
ああ、人はいるんだ、と。
そう思った。
でも、数秒後に違和感に気付いた。
私は目を細めた。
「……あれ?」
校庭の子供たちが、同じ動きをしていた。
走っている。
転んでいる。
起き上がる。
笑っている。
また走る。
そして。
また転ぶ。
また起き上がる。
同じだった。
全く同じだった。
まるで録画を繰り返しているみたいに。
十秒くらいの出来事が、何度も何度も繰り返されていた。
私は目を擦った。
見間違いかと思った。
でも違った。
また同じ動き。
また同じ笑い声。
また同じ転び方。
何度も。
何度も。
何度も。
「……何だよ」
急に気持ち悪くなった。
世界が薄い膜一枚でできているみたいな感じだった。
本物に見えるのに、本物じゃない。
そう思った瞬間だった。
キーンコーンカーンコーン
突然チャイムが鳴った。
私は肩を震わせた。
教室中に響く。
懐かしい音だった。
けれど何かがおかしい。
普通の学校のチャイムは、どこか機械的だ。
でも今聞こえている音は違った。
少しだけ音程がずれていた。
何かが狂っていた。
一音だけ。
ほんの少しだけ。
だから余計に気持ち悪かった。
その瞬間だった。
ガタ。
教室の前の席で音がした。
私はゆっくり顔を向ける。
顔のない生徒が立っていた。
また一人。
ガタ。
後ろでも。
ガタ。
横でも。
全員だった。
さっきまで座っていた生徒たちが、一人ずつ立ち上がっている。
静かに。
ゆっくり。
何も言わず。
そして。
全員が扉へ向かった。
列になって。
誰も押さない。
誰も喋らない。
ただ歩いていく。
足音だけが響いていた。
コツ。
コツ。
コツ。
私は呆然としていた。
その列の途中で、一人だけ立ち止まる生徒がいた。
さっき私に話しかけてきたやつだった。
そいつはゆっくりこちらを向く。
顔はない。
なのに笑った気がした。
「昼休み、終わったよ」
そう言って教室を出ていった。
静かになった。
教室には私とクロだけが残っていた。
クロは窓の外を見ていた。
私は席から立ち上がった。
すると机の中で何かが指に当たった。
私は手を入れた。
紙だった。
折り畳まれている。
古い紙。
私はゆっくり開いた。
そこには子供っぽい字で、たった一行だけ書かれていた。
『今日は一人で食べた』
私は息を止めた。
その文字を、知っていた。
私の字だった。
クロが小さく鳴いた。
そして教室の外を見た。
廊下の向こう。
そこに誰かが立っていた。
長い黒髪。
顔は見えない。
でも、その人影はこっちを見ていた。
そして、手招きをした。
第四話 昼休みの音 終




