降車
第三十六話 降車
プシュー……
ドアが開いたままだった。
誰も乗ってこない。
誰も降りない。
なのに、ホームにいる全員がこっちを見ていた。
俺は動けなかった。
多すぎた。
制服姿。
男子も女子もいる。
背の高い奴も低い奴もいる。
でも、何かがおかしかった。
全員同じだった。
顔じゃない。
目だった。
全員、同じ目をしていた。
感情がなかった。
怒っているわけでもない。
笑っているわけでもない。
ただ見ている。
じっと。
ずっと。
俺達を。
「……行くのか」
声が少し低くなる。
凪原は窓の外を見ていた。
本はもう閉じている。
「うん」
「うんって……」
「ここで降りるんでしょ」
「いやそうだけど」
そうだけど、とは言ったものの足が動かなかった。
ホームを見る。
全員見ている。
何百人も。
視線だけがこっちに向いている。
その時だった。
カタン。
車内で音がした。
俺は反射的に振り返る。
後ろの車両だった。
誰もいないはずだった。
でも違った。
いた。
車両の一番後ろ。
制服姿。
座っている。
顔は下を向いていた。
俺は止まる。
いつからいた。
さっきまでいなかったはずだ。
そいつがゆっくり立ち上がる。
ギィ……
電車が揺れる。
そして。
ゆっくり顔を上げた。
俺は息を止めた。
俺だった。
窓に映っていた笑っている俺。
そいつが車両の奥に立っていた。
口だけが動く。
「見られてる」
一歩。
こっちへ歩く。
「見られてる」
また一歩。
「見られてる」
俺の身体が少し固まる。
その時だった。
ガン。
凪原が本で俺の肩を叩いた。
「……痛っ」
「行くよ」
「は?」
凪原はドアの方を見ていた。
「来る」
俺は後ろを見る。
笑う俺は、もう走っていた。
第三十六話 降車 終




