視線
第三十三話 視線
ゴォォ……
電車は静かに走っていた。
揺れているはずなのに、車輪の音はほとんどしない。
窓の外は真っ黒だった。
何もない。
街も。
空も。
線路すらない。
ただ黒だけが流れている。
俺は少し落ち着かなくなって、窓から目を逸らした。
向かいの席では凪原が本を読んでいた。
さっきと何も変わらない顔だった。
「……お前、平気なのか」
ページをめくる手が止まる。
「何が」
「全部」
「夢想空間とか」
「変な電車とか」
「急に出てくるステージとか」
凪原は少し考えた。
そして本を閉じた。
「慣れたわけじゃない」
「ただ」
少し間。
「知らない方が怖いから」
静かだった。
俺は何も言わない。
ポケットの中でクロのキーホルダーが小さく鳴る。
チリン。
その時だった。
カタン。
電車が揺れた。
俺は何となく窓を見る。
そして止まった。
窓に俺が映っていた。
……いや。
俺だけじゃなかった。
凪原も映っていた。
でも何かがおかしかった。
俺の方だった。
映っていた俺は笑っていた。
口だけじゃない。
目も笑っていた。
気持ち悪かった。
しかも少しずつ増えていた。
窓。
ドアのガラス。
吊革の金具。
車内広告の透明板。
全部だった。
映る場所全部に俺がいた。
全部笑っていた。
全部こっちを見ていた。
俺は息を止める。
「……何だよこれ」
横を見る。
凪原も窓を見ていた。
でも表情が少し違った。
初めてだった。
少しだけ嫌そうな顔をしていた。
俺は凪原が見ている方を見る。
そして止まった。
凪原の映った姿が変だった。
一人じゃない。
何人もいた。
笑っている凪原。
無表情の凪原。
泣いている凪原。
怒っている凪原。
全部少しずつ違う。
そして全員、口だけが動いていた。
「これでいい?」
「嫌われない?」
「こっち?」
「こうした方がいい?」
俺はしばらく動けなかった。
本物の凪原を見る。
凪原は窓から目を逸らした。
そして小さく言った。
「……これ、嫌い」
その瞬間だった。
カン――
車内の掲示板へ文字が浮かぶ。
「視線」到着まで 1分




