発車
第三十一話 発車
ゴォォ……
風がホームを抜けた。
電車がゆっくり滑り込んでくる。
銀色だった。
普通の電車だった。
学校帰りに見かけるような、何の変哲もない車両。
でも、おかしかった。
窓の向こうが真っ黒だった。
外が見えない。
車内の様子も見えない。
ただ黒かった。
俺は立ったまま見ていた。
凪原は隣で平然としている。
何事でもないみたいに。
プシュー……
ドアが開いた。
静かだった。
人の声もない。
アナウンスもない。
俺は少し眉をひそめる。
「……乗るのか」
「うん」
凪原はあっさり言った。
「来たから」
「理由になってないだろ」
「電車ってそういうものじゃない?」
意味が分からなかった。
こいつ、ずっとこんな感じなのか。
俺が黙っていると、凪原は数歩進んでドアの前で止まった。
そして少しだけ振り返る。
「乗らないの?」
「……行き先分からないだろ」
「分かるよ」
「は?」
凪原はホームの上を指差した。
俺はそっちを見る。
電光掲示板だった。
さっきより文字が増えている。
2番線
「視線」行き
俺は黙る。
数秒してから言った。
「……嫌な名前だな」
「うん」
即答だった。
「大体嫌なものしかないから」
サラッと言いやがった。
俺は電車を見る。
黒い窓。
開いたドア。
車内は静かだった。
少し嫌な感じがした。
でも、前みたいに足が止まる感じはなかった。
「それで、あんたの名前は?」
「あたしが名乗ったんだからあんたも名乗るべきでしょ。」
「黒崎...悠」
「ふーん。黒崎、これから暫くよろしく。」
「お、おう。」
凪原は掴みどころがない、どこか物憂げな少女だと思った。
俺はポケットへ手を入れる。
クロのキーホルダー。
白い傘。
そして、小さくなった黒い傘。
ちゃんとあった。
確認してから顔を上げる。
「……行くか」
凪原は何も言わなかった。
ただ少しだけ先に乗った。
俺も後を追う。
車内へ足を踏み入れた瞬間だった。
カン――
ドアが閉まる音が響いた。
その瞬間。
真っ黒だった窓へ、何かが映った。
俺だった。
でも違った。
窓の向こうの俺は笑っていた。
俺は息を止めた。
第三十一話 発車 終




