雨の終わり
第二十八話 雨の終わり
ピシ。
黒い傘へ入ったヒビは、今までのものとは違った。
小さくなかった。
細くもなかった。
傘の表面を、まっすぐ走っていた。
黒い傘は動かなかった。
揺れもしない。
ただ立っていた。
私は白い傘を握ったまま、その場に立っていた。
さっき言った言葉が、まだ胸の奥に残っていた。
俺は、ずっと独りでいたかったわけじゃない
言った後になって変な感じがした。
恥ずかしかった。
今まで誰にも言ったことがなかった。
言葉にしたこともなかった。
でも、不思議だった。
苦しくなかった。
隠していたものを出したはずなのに、少しだけ身体が軽かった。
黒い傘がゆっくり揺れた。
『……そうか』
静かな声だった。
怒っていなかった。
責めてもいなかった。
私は少しだけ眉をひそめた。
何か違った。
今までと違った。
黒い傘はずっと、
戻れ
しか言わなかった。
でも今は違う。
初めて、私の言葉を聞いていた。
『なら』
少し間が空く。
『私は、もういらないか』
私は止まった。
風が吹く。
白い傘の端から雨粒が落ちる。
私は何も言えなかった。
いらない。
違った。
そんなことじゃなかった。
独りになりたかった日もあった。
誰にも会いたくない日もあった。
全部本当だった。
黒い傘は間違っていなかった。
ただ。
それだけじゃ駄目だった。
私はゆっくり首を振った。
「……違う」
黒い傘が止まる。
「お前がいたから、ここまで来れた」
「でも」
私は少し笑った。
「ずっと隣に座られると困る」
数秒。
何も聞こえなかった。
それから。
初めてだった。
黒い傘が少し笑った気がした。
顔なんてないはずなのに。
何故かそう見えた。
次の瞬間だった。
バキッ!!
黒い傘の表面に入っていたヒビが一気に広がる。
黒い水が崩れる。
教室が消える。
部屋が消える。
腕が消える。
世界全体へ入っていた黒い線が、ガラスみたいに砕けていく。
ザー……
雨の音だけが残った。
私は立ったまま前を見ていた。
黒い傘が落ちる。
今までの大きさじゃなかった。
普通の傘だった。
ただの、誰かが忘れていったみたいな黒い傘。
私はゆっくり拾い上げる。
冷たかった。
でも、嫌じゃなかった。
その時だった。
遠くの暗闇の向こうで、小さな光が見えた。
今までなかった道だった。
長い廊下だった。
そしてその先に、扉が見えた。
第二十八話 雨の終わり 終




