雨の外側
第二十六話 雨の外側
ザー……
雨の音が少し変わっていた。
さっきまで耳を埋めるみたいに降っていたのに、今は遠くで鳴っている感じがした。
私は白い傘を握ったまま立っていた。
冷たかった。
でも嫌な冷たさじゃなかった。
雨の日に教室へ入った時、制服の袖に残る温度みたいだった。
黒い傘が揺れていた。
今までみたいに静かじゃない。
落ち着かないみたいだった。
『捨てろ』
小さな声だった。
私は顔を上げる。
『それを持つな』
『思い出したら戻れなくなる』
私は何も言わなかった。
ただ白い傘を見る。
何かおかしかった。
雨はまだ降っている。
でも、私の周りだけ少し違った。
一歩前へ出る。
黒い水の上へ足を置く。
沈まない。
私は止まった。
今までなら水面が揺れていた。
腕が出てきた。
掴まれた。
でも今は違う。
足元に小さな波紋が広がるだけだった。
チリン。
クロのキーホルダーが鳴る。
黒い傘が少し後ろへ揺れた。
『……やめろ』
今度は少し強かった。
私は初めて思った。
こいつは止めているんじゃない。
時間を稼いでいる。
私はゆっくり前へ歩いた。
黒い傘の方へ。
一歩。
また一歩。
『来るな』
黒い水が揺れた。
バシャッ!!
腕だった。
教室の床が浮かび上がる。
机の下から腕が出る。
次は夜の部屋。
ベッドの下。
扉の隙間。
黒い腕が何本も這い出してくる。
でも私は止まらなかった。
右から来た腕へ白い傘が触れる。
ジュッ。
黒い腕が崩れた。
私は止まった。
黒い傘も止まった。
今のは偶然じゃなかった。
私は白い傘を見る。
そしてもう一度、腕を見る。
次は三本だった。
前。
右。
後ろ。
同時に来る。
私は反射的に白い傘を開いた。
パッ。
小さな音だった。
その瞬間。
世界が静かになった。
ザー……
降っていた雨が、傘の外側へ流れていた。
腕も止まっていた。
私の周りだけだった。
半径数歩分だけ。
黒い水が入ってこない。
黒い腕も近付けない。
私は息を止めた。
黒い傘が初めて後ろへ下がった。
『……何で』
小さかった。
今までで一番小さな声だった。
私は白い傘を見た。
そして、少しだけ笑った。
「知らない」
「でも」
私は顔を上げた。
「今度は俺の番だ」
第二十六話 雨の外側 終




