白い傘
第二十三話 白い傘
ジュッ……
黒い腕が崩れた場所から、黒い粒が雨みたいに落ちていた。
私は動かなかった。
手の中のクロのキーホルダーを見ていた。
青い猫は、もう光っていなかった。
さっきの光が嘘だったみたいに、静かだった。
でも違った。
変わっていた。
温かかった。
さっきまで冷たかったはずなのに。
まるで誰かがずっと握っていたものみたいに。
『……何だ、それは』
黒い傘の声だった。
初めてだった。
少しだけ揺れていた。
言葉が乱れていた。
今までの黒い傘は、何でも知っているみたいだった。
ずっと落ち着いていた。
でも今は違った。
私は顔を上げる。
黒い腕はまだ消えていなかった。
教室から。
夜の部屋から。
電車から。
次々と腕が出ている。
でも、さっきまでみたいに勢いがない。
少し距離を取っていた。
警戒しているみたいだった。
私は前へ歩いた。
一歩。
黒い水が揺れる。
また腕が来た。
今度は右だった。
机の隙間から出た腕が、一気に私の顔へ伸びる。
私は反射的に手を上げた。
クロのキーホルダーが揺れる。
チリン。
触れた瞬間だった。
ジュッ!!
腕が崩れた。
黒い粒になって消えていく。
私は止まった。
腕を見る。
もう一度来る。
左から。
後ろから。
今度は三本。
私は避けた。
一歩下がる。
振り向く。
キーホルダーが揺れる。
チリン。
チリン。
触れた腕が次々崩れていく。
でも、その時だった。
私は気付いた。
おかしかった。
黒い傘を見た。
腕は出している。
でも、自分からは動いていない。
最初からずっと。
ただ立っているだけだった。
私は眉をひそめる。
その時だった。
何か白いものが視界の端を横切った。
私は振り向いた。
暗闇だった。
何もないはずだった。
でも違った。
一本だけ道があった。
黒い水の上に。
そこだけ雨が降っていた。
そして、その先に落ちていた。
白い傘だった。
雨の日。
長髪の子が持っていた傘だった。
私は息を止めた。
黒い傘が初めて大きく揺れた。
『触るな』
私はゆっくり顔を上げた。
『それに触るな』
今までで一番強い声だった。
だから私は思った。
ああ。
こっちなんだ。
第二十三話 白い傘 終




