届かない声
第十八話 届かない声
カン……
カン……
カン……
踏切は鳴り続けていた。
赤いランプが雨の中で点滅している。
濡れた地面へ反射した赤い光が、水たまりの上で揺れていた。
長髪の子はしゃがみ込んだ。
青い猫のキーホルダー。
クロだった。
小さなそれを指先で掴む。
そして立ち上がる。
ただ、それだけだった。
本当に、それだけだった。
私は走っていた。
意味なんてない。
届かない。
触れられない。
分かっていた。
でも止まれなかった。
「戻れ!」
叫ぶ。
当然、聞こえない。
長髪の子が振り返る。
遮断機の向こう側。
小学生の私が腕を伸ばしていた。
何か叫んでいた。
言葉は聞こえない。
でも顔を見れば分かった。
必死だった。
早く。
早く戻ってこい。
たぶん、そう言っていた。
長髪の子が前を向く。
一歩踏み出した。
その瞬間だった。
カコン、と小さな音がした。
長髪の子の身体が止まる。
私は何が起きたのか分からなかった。
でもすぐに見えた。
白い傘だった。
下りてきた遮断機の先端が、傘の柄へ引っかかっていた。
「あ……」
小さく口が動いた。
長髪の子は慌てて傘を引いた。
抜けない。
もう一度引っ張る。
傘が変な向きに捻れる。
雨で濡れた手が滑る。
焦ったのか、今度は両手で持ち直す。
本当に一瞬だった。
ほんの一秒もなかったかもしれない。
でも。
私は知っていた。
あの日の数秒は、その一秒だった。
小学生の私が走る。
遮断機の前まで。
腕を伸ばしている。
何か叫んでいた。
私も叫んでいた。
「やめろ!!」
「離せ!!」
当然、届かない。
ゴォ……
音が急に大きくなる。
レールが細かく震えていた。
水たまりの表面が揺れる。
長髪の子がようやく傘を外した。
そして顔を上げる。
私はそこで止まった。
知っていた。
ずっと忘れていた光景だった。
いや、違う。
忘れていたんじゃない。
私はここだけを、ずっと見ないようにしていたんだ。
長髪の子が走る。
小学生の私も走る。
二人の手が伸びる。
あと少しだった。
本当にあと少しだった。
第十八話 届かない声 終




