雨の日の数秒
第十七話 雨の日の数秒
カン……
カン……
カン……
踏切の音が、雨の向こうで鳴り続けていた。
私はその音を聞いていた。
いや、聞かされていたと言った方が近かった。
頭の奥に直接落ちてくるみたいだった。
小学生の私も。
長髪の子も。
誰も反応しない。
二人は白い傘の話をしていた。
私は周りを見た。
帰っていく子供たち。
笑い声。
雨に濡れた道路。
全部普通だった。
なのに私だけが聞いていた。
カン……
カン……
カン……
私はゆっくり踏切を見た。
その瞬間だった。
ガシャン!
大きな音が後ろで鳴った。
私は反射的に振り返る。
自転車だった。
雨でタイヤが滑ったのか、学生くらいの男の子が転んでいた。
鞄が飛ぶ。
ノートが散らばる。
ペンケースが地面を跳ねる。
水たまりが大きく弾けた。
「いった……」
男の子が慌てて立ち上がる。
その時だった。
コロコロ、と小さな音がした。
何かが道路を転がっていた。
小さな青いキーホルダーだった。
猫の形だった。
クロだった。
私は息を止めた。
知っていた。
ランドセルに付けていた。
ずっと付けていた。
小学生の私も気付いていた。
顔色が変わる。
「あ……」
長髪の子が隣を見る。
「どうしたの?」
小学生の私は何も言わなかった。
ただキーホルダーだけを見ていた。
転がっていく。
ゆっくり。
雨に押されるみたいに。
少しずつ。
そして。
踏切の手前で止まった。
小学生の私が一歩前へ出る。
その時だった。
長髪の子が腕を掴んだ。
「待って」
いつもより少しだけ強い声だった。
小学生の私は振り返る。
長髪の子は少し笑った。
「私が取ってくる」
「……え?」
「すぐだから」
そう言って前へ出る。
私は身体が動いた。
駄目だ。
そう思った。
理由は分からない。
でも駄目だった。
私は走った。
当然、意味なんてなかった。
声は届かない。
触れることもできない。
それでも走った。
その時だった。
カン……
カン……
カン……
今まで私にしか聞こえていなかった音が、初めて世界に鳴り始めた。
小学生の私が顔を上げる。
長髪の子も止まる。
そして私は別の音を聞いた。
ゴォ……
遠くからだった。
最初は雷かと思った。
でも違った。
少しずつ大きくなる。
地面が、ほんの少し震えていた。
水たまりの表面が揺れている。
私は止まった。
知っていた。
この音を知っていた。
ずっと前から。
思い出したくないくらい知っていた。
私は叫んだ。
「やめろ!!」
届かないと分かっているのに。
雨の向こうで、長髪の子が振り返った。
まるで一瞬だけ、本当に聞こえたみたいに。
第十七話 雨の日の数秒 終




