踏切の音
第十五話 踏切の音
カン……
カン……
カン……
私は顔を上げた。
遠くで鳴っていた。
今まで気付かなかった。
いや、違う。
聞こえていたのに、聞いていなかった。
雨音の奥に隠れていた。
ずっと。
最初から。
私は辺りを見回した。
道路。
白い傘。
黒い傘。
止まった世界。
何も変わっていないはずなのに、急に景色が違って見えた。
カン……
カン……
音は少しずつ大きくなっていた。
近付いているわけじゃない。
でも、耳の中へ入り込んでくる。
気になり始めると、もう無視できなかった。
小学生の私は信号の向こうを見ていた。
さっきまで黒い傘を見ていたはずなのに、今は違った。
長髪の子も、同じ方向を見ている。
二人とも何かを待っているみたいだった。
私はゆっくり歩いた。
二人の視線の先へ。
雨はまだ降っていた。
水たまりを踏む。
チャプ、と音がした。
今度はちゃんと聞こえた。
少しずつ世界の音が戻っていた。
私は道路の先を見た。
そして止まった。
踏切だった。
見覚えがあった。
私は眉をひそめる。
見覚えなんてあるはずがない。
ここは夢みたいな場所だった。
なのに違った。
知っていた。
この踏切を知っていた。
どこで見たんだ。
考える。
思い出せない。
でも胸の奥が嫌な感じで重かった。
クロが私の横へ来る。
珍しく前へ行かなかった。
足元に座ったまま、じっと踏切を見ていた。
カン……
カン……
カン……
小学生の私が急に言った。
「まだかな」
長髪の子が首を傾げる。
「何が?」
「電車」
「来るかなぁ」
そう言って白い傘を少し回した。
雨粒が飛ぶ。
そして笑った。
「来るまで競争する?」
「何を」
「水たまり踏んだ数」
「……意味分かんない」
「じゃあ十個踏んだ方が勝ち」
言い終わる前に、長髪の子は走り出した。
バシャッ。
水たまりへ思い切り足を入れる。
制服の裾が濡れる。
「一個!」
笑っていた。
本当に楽しそうだった。
小学生の私は呆れた顔をしていた。
でも少しだけ笑っていた。
私は動けなかった。
胸が苦しかった。
何故だろう。
何でもない景色だった。
雨の日。
帰り道。
くだらない会話。
ただそれだけだった。
なのに。
どうしてこんなに嫌な予感がするんだ。
その時だった。
クロが突然鳴いた。
鋭く。
今まで聞いたことがないくらい大きな声だった。
私は振り向いた。
黒い傘がなかった。
道路の向こうから消えていた。
私は周囲を見る。
右。
左。
後ろ。
いない。
どこにも。
その瞬間だった。
小学生の私の顔から笑顔が消えた。
ゆっくり。
本当にゆっくりだった。
視線が何かを追っていた。
私はその先を見た。
踏切の向こう側。
黒い傘が立っていた。
遮断機の内側に。
誰もいないはずの場所に。
そして今度は、傘ではなかった。
傘の下から。
白い手だけが見えていた。
こちらへ向かって、静かに手招きしていた。
第十五話 踏切の音 終




