帰り道の二人
第十一話 帰り道の二人
雨音だけが、静かに鳴っていた。
ザー……
ザー……
一定の音だった。
強くもならない。
弱くもならない。
ただ降り続けていた。
私は少し後ろに立ったまま、小学生の私と長髪の子を見ていた。
二人は校門を出た。
白い傘が少し傾く。
小学生の私はその隣を歩いていた。
傘は差していなかった。
「また忘れたの?」
長髪の子が言った。
少し呆れたような声だった。
でも怒っている感じではない。
笑いを堪えているみたいだった。
小学生の私は視線を逸らす。
「……忘れてない」
「忘れてるじゃん」
「持ってきてないだけ」
「ふふ、それ忘れたって言うんだよ」
小学生の私は何も言わなかった。
長髪の子は少し笑った。
その笑い方は大きなものじゃなかった。
声を出して笑うわけでもない。
口元が少し緩むだけだった。
そして傘を持っていない方の手で、私のランドセルを軽く叩いた。
「ほら、入っていいよ」
「……別に平気」
「平気じゃないと思うけど」
「大丈夫」
「そういう人ほど風邪ひくんだよ?」
小学生の私は黙る。
数秒してから、少しだけ近付いた。
本当に少しだけ。
肩が濡れないくらい。
長髪の子は何も言わなかった。
ただ、少しだけ傘を寄せた。
私は息を止めた。
知っていた。
この空気を知っていた。
会話の間。
歩く速さ。
雨の音。
全部。
頭では思い出せないのに、身体の方が先に覚えていた。
二人はしばらく黙ったまま歩いた。
長髪の子が空を見上げる。
白い傘へ雨粒が当たる。
「ねぇ」
小学生の私が顔を上げる。
「雨って好き?」
「……普通」
「また普通」
少し笑う。
「普通ってずるいよ」
「何が」
「だって何も言ってないのと一緒じゃん」
「……」
「私は好き」
そう言った。
小学生の私は横を見る。
「何で」
長髪の子は少し考えてから言った。
「静かになるから」
「静か?」
「うん」
雨が傘を叩いていた。
アスファルトへ落ちる音。
遠くを走る車の音。
誰かの話し声。
全部が少し遠くなっていた。
「ほら」
長髪の子は笑った。
「世界がちょっと小さくなった感じしない?」
私は動けなかった。
胸が痛かった。
何故だろう。
苦しいわけじゃない。
悲しいわけでもない。
ただ、胸の奥が締め付けられていた。
私は知っている。
絶対に知っている。
この子を。
その時だった。
クロが急に鳴いた。
私は我に返った。
クロは二人を見ていなかった。
道路の向こう側を見ていた。
毛が逆立っていた。
私はゆっくり視線を向けた。
雨の中。
黒い傘を差した人影が立っていた。
顔は見えない。
ただ静かに立っていた。
そして、その人影は——
小学生の私でも、長髪の子でもなく。
まっすぐ私を見ていた。
第十一話 帰り道の二人 終




