第77話 side 澪
真っ黒なストッキンググローブを右手に付けた澪は、それを涼へと差し出した。
「かなり生地薄いから、ちょっと勇気がいるかも……」
澪が心配そうに涼の様子を窺う。
「私はもちろん、涼にどこを触られても全く問題ないからねっ! ポジティブなマインドで! だよ!」
澪の言葉に、涼は少し困ったように眉を下げた。
(涼の気持ちが楽になるようにっていつも言っている言葉だけど、それはもちろん本心で……。でも涼はこれを私が言うと、困ったような表情をするんだよね……)
涼に想いを寄せている澪は当然涼にどこを触られても平気だ。寧ろ触られたいと思っているくらいで。涼がどうしてそんな表情をするのかは、澪には分からなかった。
(涼の気持ちが分からないのは、少し怖い……だけど、私だって頑張るって決めたんだ……!)
涼は鈍感だ。幼馴染だからという理由だけで一緒にいるわけではないことくらい、いい加減気が付いてほしいものだ。
そして涼の親友はあの誰もが認める美少女である椿姫だ。澪も自身が椿姫に劣っているとは思わないが、幼馴染として付き合いが長い分、もう少し自分の女の子らしい姿も見せなくてはとここのところ少し色仕掛けに頼ったりもした。高校生の自分ではそれが功を奏しているのかは不明であったが。
涼は暫く真っ黒なストッキンググローブに包まれた澪の手を見つめ、それから一度大きく深呼吸をする。
涼の真剣な表情に、澪まで緊張してきてしまう。
(じっと見られてるのって、やっぱり恥ずかしい……っ!)
そうして涼は慎重に澪の手に触れ、優しく握りしめた。
「……っ!」
涼に手を握られた瞬間、手袋越しに伝わる涼の体温に澪の心臓が大きく跳ねる。
「ひゃぁ……っ、うう……」
涼がするりと手袋越しの澪の手を撫で、それがくすぐったいやら恥ずかしいやらで変な声が出てしまう。頬に熱が籠っていくのが分かる。
夜の公園は閑静であまりにうるさい自身の心臓の音が、涼に聞こえてしまうのではないかと澪は更に身体を固くする。
涼は澪の手の形を確かめるようにその手にゆっくり触れている。
(が、我慢しなきゃ……っ。私が変に反応したら、きっと涼はびっくりしちゃう。せっかく克服練習が上手くいっているのに……っ)
涼に嫌がる様子は見られない。潔癖症を克服しようと頑張っている涼を動揺させるようなことはしてはならない。しかし。
(……っ、私が、無理かもっ……。涼の触り方ってなんか……っ)
胸の奥が疼く。どくどくと忙しないほどに脈打つ鼓動が酷く鬱陶しい。
(嬉しいのに恥ずかしい……。けど、それ以上に、……涼とその先に進みたい……)
澪がぼうっと、自身の手に触れるほんのりと感じる熱に意識を向けていると、涼は澪の付けていたストッキンググローブをその手から外した。
「え…………?」
涼の行動の意味が分からず、澪はただただ涼を見つめる。
「……触っていいか……?」
「へ?」
一瞬、澪は自身の耳を疑った。
(涼、今、なんて言った……?)
風もない静かな公園だ。聞き間違えるはずなどない。
(触って、いいかって、聞いた……?)
澪が驚いている間に、涼はその距離を縮めてくる。大好きな幼馴染の顔が間近にあって、澪は更にパニックに陥る。
(え? 待って待って? どういうこと? 涼は私に、直接触れたい、ってこと……?)
心臓の音がうるさい。自身の胸が騒がしく上下しているのが目に映る。
「駄目か……?」
涼は澪に尋ねながらも、その答えを待っているような様子ではなかった。
「……だ、駄目なんかじゃ、ない……よ……っ」
澪は涼を上目遣いで見つめながらも、精一杯言葉を紡いだ。
すると涼の切れ長の瞳がきらりと光ったように感じた。澪の胸がまたキュンと疼く。
次の瞬間、澪の手は涼に直接触れられていた。
温かくて大きく優しい手だった。




