第69話 たまになら悪くない
体育館にボールの弾む音とシューズの擦れる音が響く。女子の黄色い歓声が飛び交い、男子の鼓舞する声援が耳に届く。
涼と皐月の所属する2Dチームは、酷く苦戦を強いられていた。
昨年の球技大会では皐月が一人でシュートを決めチームを勝利に導いていたのだが、今回は三人にマークされ皐月は思うように動けなくなっていた。
皐月以外のバスケ素人ではG組メンバーの虚を突くことは出来ず、前半の試合を終える頃には点数に大差を付けられていた。
「いやー、悪いな。なんか上手く動けなくって」
皐月はスポーツドリンクを一気に飲み干すと、前髪を掻きあげた。
「それはそうだろ、三人にマークされてるんだから」
涼もそれなりに動いてはみたのだが、バスケ初心者と経験者では話にならなかった。
「役に立たなくて悪い」
「いやいや! 涼はめっちゃ動いてくれてるって! マジでありがとな」
皐月は涼ににっと笑顔を向ける。そこに澪と椿姫、心海が心配そうにやって来た。
「二人共! 前半お疲れ様!」
「お疲れ様です」
「おー、悪いな、せっかく応援してくれてるのに楽しい試合に出来なくてさ」
「仕方ないよ。皐月くんのマークめっちゃきついし」
「そうですね、辻堂くん、大丈夫ですか?」
「ん! あんがと澪ちん、つばきち」
澪と椿姫の後ろにいた心海も、皐月へと声援を送る。
「さ、皐月くん! ファイトだよっ!」
「おう! 岬さんもありがとな」
涼は汗を拭いながら考える。
(しかし、このままじゃまずいな……皐月がマークされてるんじゃ俺達にはどうにも……)
涼としては球技大会どころか、体育自体が苦手だ。ここで負けてしまえば、あとは球技委員の得点係だけになるし楽になるのだが、そう簡単に諦められるようなものではなかった。
澪も椿姫も、皐月も頑張っているのだ。友人達が全力を出しているのに、自分だけが逃げるなんて可笑しな話だ。
「……皐月、後半は俺にボールを回してくれ」
涼の言葉に、その場の全員の視線が涼に集まる。
(俺って、こんなやつだったか?)
自分で口にしておいて、涼は自身の言葉に驚いていた。
(体育は苦手だ。汚れるし汗をかくし、こんな状態でまた汚いなどと言われたら俺はまた除菌に頼ることになるかもしれない……)
しかし潔癖症を理由に何もかもを諦め、弱かった自分にはもう戻りたくないとも強く思う。
(友人達に、いつまでも頼りきりなんてかっこ悪いよな)
涼は心を決め、口を開く。
「俺は当然皐月程上手くない。が、皐月が何か糸口を見つけるまでの時間稼ぎくらいは出来るはずだ。ついでに相手の虚を突けたら御の字だがそれは難しいだろう。ひとまず、俺の体力の続く限り、頑張ってみるよ」
涼の言葉に目を丸くしていた皐月がぷっと吹き出す。
「珍しいな、涼ちんが作戦もなく頑張ってみる、だなんて。熱いこと言うじゃんか」
「まぁ、みんな頑張ってるしな。バスケにも詳しくないし、体力もあるわけじゃないけど」
皐月は嬉しそうに目を細める。
「十分だぜ。あとは俺がなんとかしてみせる」
まるで主人公のようなかっこよく頼もしい台詞を吐く親友に、涼も気合を入れ直した。
後半も相変わらず皐月のマークは厳しかったが、チームメイトの頑張りもあってどうにか四人で少しずつ得点が取れるようになっていた。まだ点差はあるもののG組との差は確実に縮まっていた。涼含め、他のメンバーの動きもよくなったせいか、相手も少しずつ皐月だけをマークしている場合ではなくなってきたと見える。
「あっつ……」
普段全く動かない涼にとってバスケの試合はかなりハードだった。次第に身体は重くなるし走りすぎて肺も痛い。
涼が得点を決め始めると驚いたことについに涼にも一人、ぴったりとくっつく生徒が現れた。
(まさか俺なんかをマークしてくれるとは……)
皐月だけをマークしていた相手チームは、涼が後半戦の要になっていることにようやく気が付いたようだった。涼をマークした生徒が涼へと話し掛ける。
「お前なんでそんなに頑張ってるわけ? 前半は面倒くさそうにしてただろ」
涼は体操着の肩口で汗を拭いながら、相手と少しずつ距離を取る。しかし相手は触れそうなほどに距離を詰めてきており、涼は堪らず文句を口にした。
「悪いが、俺には触らないでくれるか?」
「は?」
相手がぽかんとしている間に、涼へとボールが回ってくる。相手に触れられないようドリブルでかわしながらシュートの体勢に入り、そのまま打つと見せかけて皐月へとパスした。涼からパスを受け取った皐月は、簡単にシュートを決める。
わぁっ! とギャラリーから歓声が上がる。今の得点でどうやら逆転となったようだ。
涼をマークしていた生徒は不快そうに顔を歪める。
「お前、前半手抜いてたのか?」
「別にそういうわけじゃないが……、俺はただ潔癖症なだけだよ」
これまたぽかんとしてしまった生徒に、やはり潔癖症はあまり理解は得られないのだな、と涼は目まぐるしく動く試合の最中そんなことを呑気に考えていた。
涼が試合を翻弄したおかげもあり、皐月はその隙をついてシュートを決めることが出来、逆転勝利を収めることが出来た。皐月にパスさえ回せれば勝てる、そう考えた涼は自身の考えが正解だったと知る。皐月の手にボールが渡ればあとは得点になるだけである。
「おっしゃあっ! 勝ち~!!」
皐月が涼にグータッチを求め、涼はそれに答えるように自身の拳を皐月の拳に触れる手前で止めた。皐月も涼の潔癖症は知るところである。むやみやたらと触れることはせず、満足そうににかっと爽やかな笑顔を浮かべた。
「涼! お疲れ様!」
澪が涼へとスポーツドリンクを手渡す。
「貰っていいのか?」
「うん! 涼、超頑張ってたもんっ! 奢り奢りっ!」
「サンキュ」
涼はスポーツドリンクを受け取ると、早速ペットボトルのキャップを開け半分ほど一気に飲み干した。
「生き返るな……」
涼がしみじみ呟くと、澪はあははと笑う。そうして涼にだけ聞こえるように囁いた。
「涼がこんなにスポーツに打ち込んでるの、久しぶりに見たかも。すっごく、かっこよかったよ?」
その言葉に涼の心臓が跳ねる。
自分はいつも澪に情けない姿ばかり見せていたはずだ。少しでも男として意識してもらえたのなら、頑張った甲斐があるというものだ。
澪の言葉に、涼は上手く返せず「あ、ああ……」と小さく呟いた。
(たまになら、こういうのも悪くないな)




