第67話 二人のジャージ
ぴいぃぃぃぃ~~~……。
体育館に間抜けなホイッスルが響き渡る、ほどの力もなく地面に落ちた。
涼の情けない試合終了のホイッスルをカバーするように、椿姫が慌てて口を開いた。
「し、試合終了ですっ! 三年F組の勝ちです」
「ありがとうございましたっ!」と両選手が頭を下げ、体育館のバレーコートを後にする。
「悪い、椿姫さん。全力の肺活量のはずだったんだが……。今度はもっと思い切り吹いてみるよ」
「いえ! 大丈夫ですよ。気楽にやりましょう?」
にこりと微笑む椿姫は相変わらず注目の的で、その天使の微笑みを向けられてもいないのにノックアウトされる男子がちらほらといた。
ついに球技大会が始まり、涼と椿姫は試合の審判に大忙しだった。
ホワイトボードに結果を記入していた椿姫が、落ち着かない様子でこちらを振り返る。
「つ、次は、うちのクラスの試合です……!」
椿姫も澪達と同じ、バレーボールを選択していた。自分のクラスが試合をするときは他クラスが審判をすることになっているので涼はひとまず休憩だ。
「頑張れ、椿姫さん」
「は、はいっ! あ、涼くん!」
緊張した様子の椿姫は、試合に向かおうとして涼をくるりと振り返った。
「あ、あの……、もし良かったらなのですが、あとで少しお話したいことがあって……。お昼ご飯、一緒に食べませんか?」
椿姫の申し出に、涼は頷く。
「ああ、もちろんいいよ。俺もちょうど話したいことがあったし」
涼も先程の椿姫の態度が気になっていたところだ。もしかしたら何か溝口とあったのではないかと勝手に邪推しているが真相を本人に聞かないことにはどうにもはっきりしない。
涼の返答にほっと胸を撫で下ろす椿姫。
「ありがとうございます! 涼くんとお昼ご飯、とっても楽しみです!」
そんな話をしていると、澪と心海を含む、2Dのバレーボールメンバーがやって来る。
「涼、やっほー! 球技委員頑張ってる?」
澪がにっと笑いながら涼に話し掛ける。
「まぁ、それなりに」
「椿姫ちゃんとも……上手くやってるみたいだね」
「え? ああ、まぁ」
先程までの快活な笑顔を消した澪は、椿姫を一瞥する。そして涼へと距離を詰めて来た。
「涼、これ持ってて!」
「え」
澪はそう言うと来ていた青色のジャージを涼の胸に押し付ける。体操着一枚になった澪は高校生にしては発育の良すぎる身体を惜しげもなく披露した。ちらちらと男子が澪に視線を向けている。
涼も驚いたように目を丸くして、それから大きく溜息をついた。
「ジャージ、着てた方がいいんじゃないか?」
「どうして?」
「どうしてって……」
澪は周囲の男子の反応に気が付いていないのか、きょとんと目を丸くして涼を見つめる。
(こういうとき、ただの幼馴染でなく恋人だったら、他の男に見せたくないから、ってはっきり言えるんだけどな……)
悲しきかな涼は澪にとってただの幼馴染である。そのようなことを言えるはずもなかった。
「まぁ、仕方がない。これはちゃんと預かっておくよ」
丸めて渡された澪のジャージは、先程まで澪が着ていたこともあってほんのり暖かかった。それに桃のような甘い香りまでする。涼はなるべく意識しないよう、ジャージを綺麗に畳み直した。
潔癖症の克服練習の甲斐あって、他人の、こと友人の物を持つくらいなら特に気にならなくなってきた。元々相手が拒否しなければ、涼が恐れる理由もない。
涼がジャージを綺麗に畳み直す様子を見ていた澪は、「うん!」と満足げに頷いた。
澪との会話に意識を向けていた涼だが、なんだか体育館中がどよめいた気がして周囲を見回すと、ちょうど椿姫が同じようにジャージを脱いだところだった。
真っ白な項に毛先がくるんと巻かれたポニーテール。澪に負けず劣らず立派な双丘が顕になり、体育館中の男子の視線を釘付けにした。
椿姫は着ていたジャージを綺麗に畳むと、おずおずと涼へと差し出す。
「りょ、涼くん。あの、私のジャージも持っていていただけますか……?」
椿姫は涼の様子を窺うように尋ねて来る。
椿姫さんも着ていた方がいいんじゃないか? とは思いつつも、「ああ、いいよ」と快諾する。椿姫のジャージからは花のようなほんのり甘い香りがした。
「おーっしっ! あたしも気合入れるぞっ!」
そう叫ぶと心海が自身のジャージを脱ぎ捨てる。小さい身体に相応しい小ぶりな双丘だった。
「岬さん、ジャージ埃だらけになるぞ」
「構わん!」
いや、絶対良くないだろ、と涼が拾ってやろうとすると、「僕が持ってるよ」といきなり現れた佐久間が心海のジャージを拾う。
「佐久間くん。俺が言うことじゃないけど、ありがとな」
「いいよ。もう負けて暇だから」
佐久間は確か卓球を選択していたはずで、どうやら早くも試合で負けてしまったらしい。
澪達がバレーコートに入って行くのを、涼は佐久間と共に見送る。
「涼! 絶対勝つから! 応援しててよねっ!」
澪がぶんぶんと大きく手を振り、その隣で椿姫もガッツポーズを見せた。
「おう! 頑張れよ!」
柄にもなく少し声を張って応援すれば、澪も椿姫も嬉しそうに口角を上げた。
「藤沢くんも大変だね」
佐久間が隣でぼそりと呟いた言葉に、涼は苦笑を浮かべた。




