第63話 誤解と嫉妬
澪は涼に触れるか触れないかの距離でぴたっと止まっているが、少し動けば涼はその剥き出しの肩に触れてしまいそうだった。
「ち、近いぞ……」
「……椿姫ちゃんはいいのに、私はだめなの……?」
「え?」
澪はばっと顔を上げると必死に捲し立てる。
「私、涼の幼馴染だよね!? 幼馴染より、美人の友達の方が大事!?」
「は、は? 何言って……」
「私、見たの。椿姫ちゃんが涼に抱き着いてるとこ!」
「え……」
何を言っているのか分からなかった涼だが、そこではっとする。
「もしかして、体育倉庫で椿姫さんが体調を崩した時のことを言っているのか?」
「へ? ……体調?」
「球技委員の仕事で、備品のチェックをしてたんだ。体育倉庫が蒸し暑かったせいか、椿姫さんが少しふらついてな。それを支えただけで、抱き合っていたわけじゃない」
それもほんの一瞬のことで、椿姫は慌てて涼から離れた。しかしそれを見た澪はあまりのショックにフリーズし、意識を取り戻した時には涼と椿姫はグラウンドを離れていたのだ。
「…………つ、椿姫ちゃん、体調は平気なの……?」
「ああ、さっき電話があったが、もうすっかり元気だとさ」
「そ、そう……」
澪は俯くと、シーンと動かなくなる。
「……私の、勘違い、だったの……?」と小さく何かぶつぶつと呟いている。
「み、澪? そろそろどいてほしいんだが……」
「だとしてもっ!!」
「うわっ、びっくりした……」
澪がまた急に顔を上げたので、涼は無意識のうちに触れないよう後ろに仰け反ってしまい、そのままベッドへと倒れ込んだ。
その上に澪が跨り、上から涼を見下ろした。
「だ、だとしてもっ! そういう軽率な行動はよくないと思うっ! 誰か誤解するかもしれないしっ!!」
「ま、まぁ、そうだな……?」
とは返答しつつも、涼は目の前にある澪の二つの大きな胸に視線が吸い寄せられていた。
「涼は……、……私に触りたいって思わない……?」
「え……」
澪の頬にさらりとその艶やかな髪が流れる。頬は赤く染まり、涼を見つめる瞳は切なそうに揺れとろんとしている。
「それは……」
(触れたいに決まってる。だけど、俺は弱い自分に打ち勝って、澪に告白するためにこの潔癖症を克服することを決めた。だからそれまでは、澪に触れることは出来ない……)
触れてしまえば、もしかしたら大きく関係が変わるのかもしれない。
しかしその関係が変わる、とは果たして良い方にだけなのだろうか?
(そうやって後ろ向きに考えていることすら、俺がまだ弱い証拠だよな……)
涼は自身の気持ちを口にしようと口を開きかけるが、それを遮るように澪が呟く。
「涼……私、もう……っ」
澪の身体がふらりと揺れ、そのまま涼の隣にぱたりと倒れた。
「お、おい! 澪!?」
涼は慌てて倒れた澪の様子を窺うが、澪は目を瞑り次第に小さな寝息が聞こえ始めた。
「なんだ……寝てるのか……。って、急に寝るなよ……」
時刻は十一時を過ぎたところだった。早寝の澪にとっては限界だったのだろう。
「まったく、眠いはずなのに俺と椿姫さんのことを訊きたくて来たのか?」
直接訊けばいいものを、克服練習までして随分と遠回りなように思う。
「でもまぁ、俺が逆の立場だったら、確かに素直には訊きにくいかもな」
例えば澪が誰かと抱き合っているようなところを目撃してしまったとして、それをストレートに本人に問い質すことが出来るだろうか。
澪が見知らぬ男と抱き合っているところを想像した涼は、手を振ってその想像を打ち消した。
「考えたくもないな、澪が他の男となんて」
澪は涼のベッドで丸くなり、すやすやと心地よさそうに眠りについている。
「澪も俺のこと、少しは男として意識してくれたらいいのにな……」
幼馴染でなく、友人でなく、恋人になり得る一人の男として。
気持ち良さそうに穏やかに眠る澪の頭に手を伸ばし掛けて、涼はその手を引っ込める。
(いつか、撫でられる日がくればいい)
そうして澪に布団を掛けてやったところで、涼はようやく気が付いた。
「今日、俺はどこで寝るんだ……?」
一向に起きる気配のない幼馴染の寝顔に溜息を零しながら、明日学校が休みになればいいのにと小さく祈った。




