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(第二部完結) 潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第60話 遭遇 母親×2


「で、学校生活はどうですか! 藤沢くん」


 翌週月曜日の放課後。涼は放課後の2Ⅾの教室でクラス担任である筋肉隆々教師、餅月と二人きりで向かい合っていた。


 餅月は爛々と目を輝かし、涼を見つめている。


「どうって……まぁ、それなりだと思います……」


 本来ならば、父親または母親の両親と餅月、そして涼の三者面談となるはずだったのだが、例に漏れず今年も涼の両親は仕事で抜けられず、餅月との二者面談となっていた。


 学校生活はどうか、などと言う久しぶりに会った父親のようなことを言う担任教師に涼は苦笑いを零す。


「藤沢くんは成績も特に問題ないですし、今年は球技委員も務めてくれていますね。素晴らしい!」


 球技委員は先生が勝手に指名したんだけどな? と言いたい気持ちをぐっと堪え、涼は引き続き苦笑いで対応する。


「志望校などは決めていますか?」

「え」

「大学の志望校です。進路希望調査には、一応進学と記入していましたよね」

「あ、はい」


 しかし、志望校が決まっているわけでは全くない。特にやりたいことも夢もあるわけではない。ただなんとなく当たり前のようにとりあえず大学に進学するか、くらいの気持ちで提出していた。


(普通に大学に行って、普通に就職して、普通に生活する。これ以上に望むことなんて……)


と考えたところで、幼馴染の美少女の顔が脳裏に浮かぶ。


(澪も進学を希望してたよな。大学、決めてるんだろうか……)


 何を勘違いしたのか、餅月は「うん」と力強く頷いて涼に言う。


「まだそんなに深く考える必要もありませんが、早くに動くに越したことはありません。夏休みなどを使ってオープンキャンパスに行ってみるのもいいでしょう。藤沢くんなら推薦が狙えるでしょうから、何か気になる学校があればすぐに先生に相談してください」

「……ありがとうございます」


 実のあるようなないような面談を終え、涼が立ち上がると「ああそうだ」と餅月が口を開く。


「今年は、友人関係も良好で何よりです」

「え……?」

「去年から桜坂さんや辻堂くんとはよく一緒にいましたが、今年は岬さんや佐久間くん、北白河さんとも仲良くしているようで、先生は安心しました」


 涼は目を瞬かせながら小さく頷く。


「ああ、はい。みんないいやつです」


 涼の言葉に餅月はニカっと白い歯を見せ、筋肉で破れそうなぱつぱつのシャツを更に膨らませた。





「失礼しました」


 涼が教室を出ると、廊下に並べられていた椅子に一組の親子が座っていた。


「涼! お疲れ様っ!」


 元気よく声を掛けてきた澪と、その横に姉かと見まがう程に綺麗な夫人がいた。澪の母親である美代子みよこだ。


「あらあら涼くん? 久しぶりねぇ!」

「ご無沙汰してます」


 涼はぺこりと頭を下げる。美代子は涼が小さい頃と全く変わっておらず、寧ろ若返ったのではないかと思えるほどに綺麗だった。


「随分かっこよくなったわね! 小学生の頃はあんなに可愛かったのに!」

「あ、ありがとうございます……?」

「この前遊びに来てくれたんでしょう? ご挨拶もできなくてごめんなさいねぇ!」

「あ、いえ、こちらこそ」

「いつでも遊びに来てね! この子すっごく喜ぶから!」


 と澪の背中をぽんぽんと叩く美代子。


「ちょっ、お母さんっ!」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にする澪に、朗らかな笑みを浮かべる美代子。


(この母にしてこの娘あり、って感じだな)


 涼がほっこりしていると、美代子が涼にこそっと尋ねる。


「で? 澪とはどこまでいったのかしら? もういくところまでいった?」

「おおおおお母さんっっ!?!?」


 目を丸くしている涼に対して、美代子はにこりと笑いかける。


「澪のこと、これからもよろしくね」

「はい」


 「もうっ! 先生待たせてるからっ」と澪に背中を押されながら、二人は教室に入って行く。賑やかな二人に涼は思わず微笑んでいた。




 今日は面談だけで帰宅予定である。球技委員の活動もなく、澪が面談の後に部活があるため潔癖症の克服練習は出来なかった。


 昇降口にやって来るまでに色んな家族と擦れ違う。この時期は一斉に三者面談をしているため校内の出入りは激しい。


 涼が自身の靴箱の前にやって来ると、品の良さそうなスーツ姿の女性と擦れ違った。どこかの誰かの両親だろうと気にも留めなかったのだが、女性はピンヒールから持って来ていたスリッパに履き替えると、きょろきょろと辺りを見回し、歩みを進めようとしてまた立ち止まりと、挙動不審な行動を繰り返していた。


(もしかして迷ってるのか?)


 娘、または息子の教室がどこにあるのか分からないのかもしれない。涼はそう思い、声を掛けることにした。


「すみません、迷ってますか?」


 夫人はくるりと艶やかな黒髪を翻すと涼を見据える。


(この人、どこかで……)


 見掛けたことがあるような? と思っていると、夫人はほっとしたように口を開いた。


「娘の教室がどこにあるのか分からなくて……。連絡はしたから迎えに来てくれるとは思うのだけれど……」

「そうでしたか」


 であるならば、勝手にこの場を動かない方がいいだろう。待っていればその娘さんが迎えに来るに違いない。声を掛けた手前そのまま帰るのも気まずい。そう涼が思っていると夫人がまた口を開いた。


「声を掛けてくれてありがとう。貴方はどこのクラスなのかしら?」

「俺ですか、二年Ⅾ組です」

「あら! 娘と同じクラスだわ! お名前は?」

「藤沢 涼です」

「藤沢さん……! そう! 貴方が」


(貴方が? どういう意味だ?)


 自分のことを知っていそうな口ぶりに、涼は首を傾げる。


「私、誰の母親でしょ~か?」

「えっ」


 突如出される、私誰のお母さんでしょうかクイズに、涼は戸惑う。夫人はにこにことその綺麗な形の唇を上げ涼の回答を待っている。

 しかしこの言い方とふふっと笑う上品な笑い方に、涼は見覚えがあった。


「あ、もしかして、椿姫さんのお母様ですか?」


 涼が答えると、「ピンポーンっ」と夫人は嬉しそうに笑う。笑った顔が実に椿姫そっくりだった。


「藤沢さん、椿姫がお世話になっております」


 丁寧に頭を下げられ、涼は慌てて同じように頭を下げる。


「こ、こちらこそ……。椿姫さんにはいつもお世話になってます」

「ふふっ」


 口角を上げて上品に笑う姿に、見慣れた椿姫の姿が重なる。


 以前椿姫の家に遊びに行った時は不在で、あのような豪邸に住まう夫人なのだから高飛車で厳しい母親に違いないと思っていたのだが、どうやら全くそんなことはなく椿姫と同じく穏やかな性格のようだった。


「椿姫から、藤沢さんのことはよく聞いているの。この前一緒にケーキを食べたって」

「あ、はい、その節はお邪魔しました……」


 挨拶も出来なかった涼に対して、全く気にした様子もなく椿姫の母は笑う。


「椿姫はね、ずっと貴方に会いたがっていたの」

「え?」

「中学三年生のあの日から」


(中学三年生……?)


 涼は思わず首を捻る。中学三年生の頃、涼と椿姫はまだ出逢っていない。椿姫と出逢ったのは今年の春、高校二年生になった四月のことだ。しかし、椿姫は涼が一年の時の成績を知っていた。張り出されていたのだから名前くらいは見たことがあったのかもしないが、それでも一年生のことであり、この津田森高校に入る前の中学のことなど、お互い知る由もないはずだ。


 涼の反応に、椿姫の母は驚いたように目を丸くしていた。


「あら、あの子話してないのかしら?」

「ええっと……?」


 困惑する二人の元に、ぱたぱたと足音が駆けて来る。


「お母さんっ、ごめんなさい。連絡気が付くの遅くなってしまって……」


 昇降口に駆けて来た椿姫は自身の母親の隣にいる涼に気が付き、驚いたように口元に手を当てた。


「涼くん!? どうしてここに?」

「困っていたら声を掛けてくれたんです」


 「ね?」と椿姫の母親は涼に目配せする。先程の話は、娘には内緒にして、と言わんばかりに。


「あ、ああ、はい」

「そうでしたか」


 椿姫はほっとしたように胸を撫で下ろし、涼に頭を下げる。


「涼くん、ご迷惑をお掛けしてごめんなさい」

「いや、迷惑なんて全く」

「そうよ、椿姫。お母さん、涼くんと楽しくお話していただけですもの。ねえ?」


 急に名前で呼ばれた涼は戸惑いつつも、「はい」と答える。


「椿姫ったら、家では藤沢くんって呼んでいるのに、貴方のこと涼くんって呼ぶのね?」


 涼にだけ聞こえるように椿姫の母はふふっと笑う。


「それじゃあ、今日はこれで失礼します。会えて嬉しかったわ」

「あ、はい、こちらこそ……」

「それじゃあ涼くん、また明日」


 二人を見送った涼は、ふうっと詰めていた息を吐き出す。


(今日はよく友人のご両親に会う日だ)


 ようやっと上履きからローファーに履き替え、校舎を出て左の駐輪場へと向かう。


 椿姫の母が言っていた言葉がずっと涼の中で引っ掛かっていた。



『椿姫はね、ずっと貴方に会いたがっていたの。中学三年生のあの日から』



 涼は先程と同じように首を傾げる。


(俺と椿姫さん、中学生の頃に会ったことがあるのか……?)





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