第56話 幼馴染とお昼ご飯
「さて! 涼! すっかりお久しぶりだね!」
澪は腰に手を当ててその大きな胸を自信満々に張って見せる。
「お久しぶりもなにも、さっき話してただろ。球技決めの時」
「それはお久しぶりにしちゃだめでしょ! 私達は幼馴染なんだから、毎日ちゃんとお喋りしないと! お喋りのことじゃなくて、潔癖症さよなら大作戦のことだよ!」
球技大会の球技決めが終わった放課後。教室は三者面談で使えないため、涼と澪は特別教室棟の二階、多目的教室に来ていた。今日はここで潔癖症克服練習をしようということになっていた。
「来週から涼、球技委員で忙しいんだもん。今日くらい進めておかなくちゃね?」
「まぁ、そうだな」
来週涼は三者面談もあり、球技委員の当番でもある。放課後澪とゆっくり過ごすのは難しいかもしれない。
「でもその前に! ひとまずお昼ご飯にしよっか!」
三者面談週間の授業は四限で終わっており、そのまま下校となるため昼食の時間がない。部活に所属している者は、各々昼飯を終えて部活動に向かう。涼と澪も今日は昼食を持参していた。
二人で机を突き合わせ、向かい合って手を合わせる。
「「いただきます」!」
涼は先程、道路を挟んで学校の隣にあるコンビニエンスストアでサンドイッチを購入していた。対して澪は普段と同じように弁当を作ってきたようだ。
お互いの昼食を胃の中に流し込みながら、ぽつぽつと世間話をする。話題は専ら先程行われた球技大会の種目決めについてだった。
「涼は今年も皐月くんとバスケ出るんだね! 絶対応援行くね!」
「まぁ、別に来てもいいが、多分また皐月のワンマンプレーで終わると思うぞ?」
ワンマンプレーと言うと一人善がりなイメージであるが、皐月以外バスケ部がいなかった去年の試合は、皐月が頑張るしかなく、且つ皐月一人でどうにかなってしまったのだから、恐らく今年もそうなるだろうと涼は推測していた。もちろん力になれるのなら力になってやりたいと思うが、バスケ初心者であり運動が特別得意ではない涼が前に出たところで、皐月の迷惑になるだけだろう。
「皐月くん、今年も気合入ってそうだもんねぇ~」
もぐもぐとリスのように可愛らしく頬を動かしながら、澪はタコ型に切られたウインナーを口に運ぶ。
「澪は椿姫さんと一緒にバレーボールか?」
「うん! そう! 心海も一緒だよ!」
涼の知るクラスメイトはあと佐久間だけだが、涼の記憶では佐久間は卓球に自身の名前を書いていたように思う。相変わらず誰ともつるまないマイペースな男である。
そこでふと、先程とある女子生徒から睨まれたことを思い出した。
もしかしたら単に目つきが悪く、目を細めてこちらを見た際に睨んだように見えてしまっただけなのかもしれないが、その後、ふいっとわざとらしく顔を背けていたことから、なんとなく自分が気に喰わないのかもしれないと、涼は感じていた。
「そうだ、澪。訊きたいんだが、いいか?」
「うんっ、なあに?」
澪は慌てて口の中のものを飲みこむと、紙パックのミルクティーを飲み干す。
「クラスメイトのことなんだが……。金髪のロングでハーフアップに結っている女子がいるだろ? あの子はなんて名前だ?」
涼の質問に澪は訝し気な視線を露骨に向けて来る。
じとっと澪に見つめられた涼は、その視線から逃げるように言葉を続ける。
「な、なんだよ?」
「だって涼が女の子に興味持つなんて可笑しくない?」
可笑しいわけあるか、絶賛お前に興味持ってるわ、とは当然言えない涼は、言い返せるような言葉も見つからず口を噤む。
「怪しい……まさか椿姫ちゃんの次はその子? その女の子と仲良くなりたいとか言わないよね?」
澪は机に身を乗り出して、涼の心の中を覗き込むかのように距離を縮めて来る。
涼は観念して理由を説明する。
「仲良くなりたいとかそういうことじゃない。俺の勘違いかもしれないんだが、どうやらその女子から嫌われているみたいなんだ」
「嫌われてる? 八重に?」
「やえ?」
「金髪ロングでハーフアップ、多分それ、溝口 八重だよ」
「六月ももう中旬なのに、涼ってばまだクラスメイトの名前覚えてないんだから……」と澪が呆れたように呟く。
溝口 八重。確かに涼のクラスにはそのような名前の女子生徒がいたような気がする。名前と顔が一致しなかった涼は、ようやく溝口 八重という生徒を認識する。
「涼、八重に何かしたの?」
澪はまた先程と同じように訝し気な視線を向けて来る。涼は呆れたように首を振った。
「何かも何も、話したことすら一度もないぞ」
「えっ、それなのに嫌われてるの?」
「恐らく……」
あの鋭く怒りの籠った視線。恐らく涼の勘違いではないだろう。少なくとも好かれていないことだけは確かだった。
澪はうーん、と顎に手を当てて考えている。
「八重、悪い子じゃないと思うんだけどなぁ」
「澪は仲が良いのか?」
「まぁ、それなりに!」
「そうか」
澪は友人も多く人気者だ。そんな澪を嫌う生徒の方が少ないだろうが、澪が悪い子ではないと言うのならばそうなのだろうと涼は判断する。しかし、八重が涼を良く思っていないことも確かである。
(心当たりはさっぱりないが、まぁ直接何かを言ってきたわけでもないし、気にするほどでもないか)
澪や椿姫、皐月に何かあったわけでもない。自分一人のことなら、特に気にする必要もないと涼は考えても仕方のない八重のことはひとまず置いておくことにした。
昼食を終えた涼と澪はそれぞれの鞄から毛糸で編まれた真冬の手袋を取り出す。
涼は紺色の手袋。澪はたぬきの顔がついた手袋だった。指を入れるところがたぬきの顔になっているのだ。
「可愛いでしょー!」
手袋を嵌めた澪は、たぬきの顔を涼の方へと向けパペットのようにぱたぱたと動かす。
「本当に好きだな、たぬき」
「それはそうだよっ! アニ森好きにたぬき嫌いはいないのだ!」
澪はにっと笑うと、また腰に手を当て胸を張って言う。
「よしっ、じゃあ始めようか! 続! 潔癖症克服大作戦!」




