第55話 金髪ハーフアップ美少女
「それでは、球技大会の各競技の出場メンバーを決めたいと思います」
凛と透き通った穏やかな声が二年Ⅾ組の教室内に響く。みなその声にうっとりしながら今か今かと次の言葉を待っている。
黒板には、球技大会で行われる五つの種目、サッカー、バスケ、バレーボール、テニス、卓球の文字が並んでいた。
「まずは皆さんの第一希望の種目にお名前を書いてください。定員以上になってしまった種目は、後ほどじゃんけんとします」
椿姫の言葉に、クラスメイトが席を立ち、わらわらと黒板前に集まってくる。涼は持っていたチョークを置いて、黒板の前から速やかに撤退する。
同じように黒板前の壇上から降りた椿姫は、ほっとしたように胸を撫で下ろしていた。
「き、緊張しました……」
「司会進行お疲れ様。完璧な進行だったよ」
「クラスのみんなの前でこんな風に話すなんて、人生で初めてかもしれません……」
その割には無駄のない進行であったと思われる。
「力になれなくて悪いな」
涼も椿姫も、前に立って何かするようなタイプではない。椿姫も苦手だろうからと、涼が司会進行を名乗り出たのだが、何故か椿姫は自分がやると言って聞かなかったのだ。涼としても渋々申し出たことだったので大変有難かったが、申し訳なさも大きい。
「いえ! 涼くんが隣にいてくれたおかげでなんとか進められました! ……それに、涼くんがきっちり進行できるなんてことがクラスのみんなにバレてしまったら、もしかしたら涼くんをいいなって思う人も増えてしまうかも……」
椿姫にしては珍しく何かごにょごにょと呟いていたが、最後の方の言葉は涼には届かなかった。
「椿姫さん?」
「あっ、いえ! なんでもないです!」
「そうか?」
あの日、椿姫の家に行った日から、なんとなく様子が可笑しい気もしないでもないのだが、本人がなんでもないと言うのだからこれ以上の詮索は出来なかった。
「涼、椿姫ちゃん! 司会お疲れ様~!」
二人の前にやって来た澪が労いの言葉を掛ける。澪も希望の競技のところに自身の名前を書きに来たのだろう。
「ありがとうございます、澪ちゃん!」
「俺は特に何もしてないけどな」
「いやいや! 涼が人前に立ててるだけですごいことだよ? 書記も務めてて偉いっ! 字も綺麗で偉いっ!」
「……澪、褒めるとこがないなら無理褒めなくてもいいぞ?」
「無理とかじゃなくてちゃんと褒めてるんだけどっ!?」
涼と澪のやり取りに隣に立っていた椿姫がくすくすと笑う。
「涼くんと澪ちゃんは本当に仲が良いですね」
その言葉に何故か澪は少し自慢げに胸を張った。
「ま、まぁね! 幼馴染何年やってるんだって話だよ~。ねっ? 涼?」
「えっ、ああ、まぁそうだな」
生まれた時から目の前の家に住み、物心つく頃には一緒にいるのが当たり前になっていた。
両片想いの涼と澪にとって、それは神に感謝すべきことではあるのだが、幼馴染という関係が長い故にこの関係が壊れてしまうかもしれないと思うと、一歩踏み出せない気持ちもありどうにも複雑であった。
「いいなぁ、幼馴染……」
「椿姫ちゃんは、幼馴染とかいないの?」
「……いません……私はいつも一人だったので……」
椿姫の言葉に、澪が慌てて言葉を付け足す。
「幼馴染はいたらそりゃ楽しいこともたくさんあるけど、今から仲良くなる関係だって全然良いと思う! 逆に幼馴染だと難しいこととかもあると思うし!? ね! 涼!?」
急に同意を求められ驚いた涼だが、澪の目が「話を合わせて~」と言ってきたので、涼はそれに頷き慌てて言葉を紡いだ。
「そうだな? 仲良くなるのに早い遅いは関係ない。これから深く知っていけばいいしな」
澪と涼の言葉に椿姫は嬉しそうに笑顔を作る。
「お二人共ありがとうございます。そうですよね! 仲良くなるのに時間は関係ないですよね!」
にこっと何やら急にやる気を出した椿姫に、澪は「あれっ?」と言う顔をする。
「澪ちゃんともぜひ仲良くなりたいので、良ければ球技大会、一緒の種目に出ませんか?」
「えっ! もちろんだよ! 一緒に名前書きに行こう~!」
首を傾げていた澪だったが、椿姫の言葉に上機嫌で黒板前へと向かった。
一人残された涼はにこにこと笑顔を浮かべる澪と椿姫を眺め、そして、こちらににやにやと意味深な笑顔を向けてくる金髪の幼馴染に気が付く。皐月である。
皐月は自身の名前をバスケの欄に記入しており、どうやら涼の名前も書いてくれるつもりのようだった。
涼は去年の球技大会も皐月と共にバスケに出場したのだが、現役バスケ部である皐月の活躍は目覚ましく、涼はほぼ突っ立ているだけで勝利を手にしていた。友人の少ない涼にとって、皐月の誘いは実に有難かった。
皐月が「辻堂」と書いた下に、「藤沢♡」と書き記したのを見て、涼は大きくため息をついた。
(ただでさえクラスで浮いてるんだから、余計なことするなよ……)
文句を言ってやろうと涼が一歩踏み出そうとした時、後ろから刺さるような視線を感じた。
振り返ると、そこにいたのは派手なロングの金髪をハーフアップに結った女子生徒だった。涼を睨みつけるように見ており、目が合うと露骨にふんっと鼻を鳴らして顔を背けた。
「え……?」
涼は未だにクラスメイトの名前を把握していないため、すぐには名前が出てこなかった。
(俺、何かしたか……?)
何か相手を不快にさせるようなことをしただろうか? そもそも彼女と会話をしたことすら涼の記憶にはない。
涼が首を傾げている間にも、希望種目に記載を終えた生徒達が自席に戻っていく。
(あとで澪にでも訊いてみるか……)
涼はひとまず、球技委員の仕事を進めることにした。




