第54話 イケメン幼馴染の憂鬱
梅雨真っ盛りの六月の二週目だというのに、涼達の住む関東地方は本日も見事な梅雨晴れであった。気象庁が梅雨入りを発表してから、雨が降ったのはほんの一日程度。このままでは貯水ダムの水も心配だな、などと考えながら自転車から降りた涼は、学校の敷地内の駐輪場へと自転車を止める。
次々と生徒達が登校してくる中で、ふと派手な金髪頭が目に入った。
「皐月……?」
女子生徒に腕を引かれながら、皐月が駐輪場の奥へと消える。
駐輪場の奥はハンドボールコートになっていて、今朝は部活の生徒はいないようだった。
涼はまたかあれか? と思いながら昇降口へと向かう。
皐月はモテる。見た目だけなら校内一かっこいいかもしれない。告白も少なくはないはずだ。皐月を引っ張って行った女子生徒は見たことがなかったので、恐らく他クラス、他学年の生徒だろう。
(皐月も朝から大変だな……)
そう思いながらローファーから上履きに履き替えていると、やたらと元気な声が耳に届いた。
「やっほー! 藤沢っち~!」
涼が顔を上げると、そこにいたのは岬 心海だった。首元でちょこんと小さく結ったツインテールを揺らしながらにっと笑う。
心海とは佐久間と同じく、春の校外学習の班で一緒になったくらいで以降は会えば挨拶はするが、深く話す中でもなかった。故に急に話し掛けられると少し身構えてしまう。
「ああ、岬さんか。おはよう」
「おはよおはよっ! ……皐月くんは一緒じゃないの?」
「皐月?」
涼と皐月が朝一緒にいることはほとんどない。皐月はバスケ部の朝練があることが多く、涼はそのスケジュールを全く把握していない。そのため皐月と顔を合わせるのは教室に行ってからだった。
しかし今日は先程皐月を見掛けている。恐らくもうすぐやって来るだろう。
「一緒じゃないぞ。岬さん、皐月に何か用か?」
涼の質問に、何故か心海は狼狽する。
「あっ、いやっ!? なんでもないよんっ!」
「? そうか? 皐月なら、」
もうすぐ来ると思うけど、と言おうとして、しかし心海はビュンっと効果音が付きそうな程の勢いで昇降口から消えた。残された涼は、目を瞬かせる。
(なんだ? 皐月に用があったんじゃないのか?)
靴箱の扉をバタンと閉めたと同時に、「涼~、はよーっす~」と穏やかな挨拶が耳に入った。
「皐月、おはよう」
相変わらず派手に染めた金髪に左耳のピアスが目立つ爽やかイケメン幼馴染は、いつもと違って酷く疲弊しているようだった。バスケ部の朝練があったとしても、こんな風に疲れた顔は見せないので、恐らく今朝の女子の対応関連だろうと涼は推測した。
「お疲れ」
涼の労いの言葉に、皐月は少し苦笑した表情を見せた。
「やっぱあれ涼ちんか」
「ああ」
恐らく皐月も涼が駐輪場で自転車を止めているところを見たのだろう。
「どうにも断るのが苦手でさ」
涼と皐月は2Dの教室がある三階へと歩みを進める。
「やはり今朝のあれは告白か」
「まぁ……」
「モテる男は辛いな」
涼が少し冗談めかして言うと、皐月も困ったように笑いながら「だな~」と呟く。
皐月はモテる。しかし今まで一度もその告白をOKしたことがない。それがどうしてなのか、涼には分からなかった。
「皐月は女子と付き合いたいとは思わないのか?」
「おっ、涼には珍しく恋バナか?」
「本気で聞いてるんだよ」
「そうだなぁ……」
いつも笑顔の皐月にしては珍しく眉を下げながら、自嘲気味に笑う。
「女子と付き合ってみたいって気持ちがないわけではないけどなぁ。今はそういうのはいいかなぁ……」
「そうか」
選びたい放題であるはずの皐月が、どうしてここまで恋に消極的なのか。
その疑問は、親友である涼すら知らないことだった。
(もうすでに好きな人がいるのかもしれないし、そもそも本当に今は恋愛を優先するほど興味があるわけではないのかもしれない)
2Dの教室に入ると、「おはよー!」と澪が駆け寄って来る。
「涼と皐月くんが一緒に来るなんて珍しいね?」
涼の前では少し弱さを見せた皐月であるが、いつもの笑顔に戻ると早速澪に絡んでいく。
「なんだよ、澪ちん。涼を俺に取られて不満か?」
「違うしっ! 皐月くんってすぐそういうこと言ってくるから嫌っ!」
などと幼馴染達が楽しく会話している横に椿姫もやって来る。
「涼くん、おはようございます」
「椿姫さん、おはよう」
そうして椿姫は涼へと近付くとこそっと囁く。
「昨日はありがとうございましたっ! またいつでも遊びに来てくださいね?」
さっと涼から離れた椿姫は、にこっと可憐な笑顔を浮かべる。
昨日は様子の可笑しかった椿姫だが、引き摺ってはいないようである。
「ああ、また」と涼も笑顔を浮かべた。




