第50話 あなたと一緒にいたいから
澪と皐月と別れ、涼と椿姫は球技委員の集まりのため、図書室や地学室のある向かいの棟へと渡り廊下を歩いていた。集まりは一階の会議室で行われる。三階にある二年生の教室からは、教室の並びにある吹き抜けの渡り廊下を通る必要があった。
外に出るとまだまだ陽も高く、少し蒸し暑いがいい天気だった。
「椿姫さん」
隣を歩く椿姫に、涼は声を掛ける。今のうちにお礼を言っておこうと思ったのだ。
「はい」
椿姫が涼を振り返ると、くるんと巻かれた毛先がふわりと翻る。
「俺のために、球技委員に立候補してくれたんだよな。ありがとな」
涼が担任の餅月から指名されなかったら、椿姫は手を挙げなかったのではないかと思う。
椿姫は優しい。澪と同じで、涼の潔癖症に配慮し、少しでも涼の負担が少ないよう、自分が委員になって手助けしようと思ったのではないか。涼はそう思ったのだ。
椿姫は慌てて手をぶんぶんと振る。
「お礼を言われるようなことではないです! ただ私も、委員に興味がありましたし、涼くんと一緒なら楽しく出来るんじゃないかな、って思っただけで……」
椿姫はそこまで言って、今度は首を横に振る。そうして涼の瞳を一途に見つめた。
「いいえ、この言い方はちょっとずるいですね……。私は涼くんと、もっと一緒にいたくて、球技委員に立候補したんです」
「え……」
「今までだって、勉強会をしたりお喋りしたり、お友達になってから一緒にいる時間は多かったと思います。だけど、それだけじゃ物足りなくなってしまって……私、」
椿姫はそこで言葉を切ると、涼へと距離を縮める。
「私、涼くんともっと一緒にいたいです! もっとたくさんお喋りもしたい! だから球技委員に立候補したんです。委員になれば、涼くんと一緒にいられるから……!」
椿姫の言葉に、涼はすぐには口を開くことが出来なかった。
椿姫は自分の気持ちを必死に伝えようとしてくれたのか、その頬はほんのり上気しており、瞳は潤んで見えた。
椿姫が涼を友人としてとても大事に思ってくれていることは、涼も十分承知している。
しかし、今の言い方では例え普段冷静な涼であっても、動揺を隠せなかった。
(友人としてもっと仲良くなりたくて一緒にいたい、ということなんだろうが、なんていうか、椿姫さんが言うと誤解しそうになるな……)
誰もが憧れる絶世の美少女である椿姫に、一緒にいたい、などとその辺の男子が言われた日には、椿姫に告白された! と勘違いし舞い上がるに違いなかった。
涼は言葉を選びながら、確認するように椿姫に返答する。
「ええと、その言い方はなんというか、少し誤解を与えそうなんだが……」
「えっ! 私、何か変なことを言ってしまいましたか!?」
「あ、いや、俺ともっと仲良くなりたいって思ってくれたんだよな?」
「はい! そうです!」
他意がないことくらい十分承知しているのだが、確認せずにはいられなかった。
(俺と椿姫さんは友人なんだし、友人と仲良くなりたいと思うのは普通のことだ。それに、俺としても嬉しいことだしな)
涼は、ふうっと小さく息をつくと椿姫に向かって言う。
「そんな風に思ってくれて嬉しいよ。俺も椿姫さんとこれからも仲良くいたいし」
涼の言葉に、椿姫は零れんばかりの笑みを浮かべた。
「ありがとうございますっ、涼くんっ!」
(お礼を言いたいのはこっちなんだがな……)
よくもまぁ自分なんかと友人になってくれたものだと、涼は椿姫に感謝している。
気が付けば涼も、椿姫の笑顔につられて笑みを浮かべていた。
涼と椿姫が会議室へとやってくると、もうすでにほとんどのクラスが集まっていた。
指定された席に二人は腰を下ろす。するとひそひそと話し声が耳に入ってくる。
「あれが、二年の北白河先輩?」、「超美人!」、「北白河さん、彼氏がいるって噂、本当かな?」、「もしかして隣の人?」
椿姫に向けられていた視線が、涼へと突き刺さる。
(隣に座れて羨ましい、とか思われてるんだろうな……)
涼自身は気が付いていないことだが、涼も決して見た目が劣っているわけではない。普段目立つイケメンである皐月と共にいるせいで影になっているが、涼も顔は整っている方である。実際、涼と椿姫が一緒にいるところをよく見かける生徒は、二人が付き合っているのだと勘違いするほどには。そうして椿姫を諦める者と、涼に僻みを向ける者と半々くらいの割合である。
椿姫は周りの視線を何とも思っていないのか、はたまたもう慣れきってしまっているのか、いつものようにピンと背筋を伸ばしながら、配られた手元のプリントを読み込んでいる。
さらりと顔に流れた髪を耳に掛ける仕草に、周りから思わずほう、っとため息のような声が漏れ聞こえた。
会議室内に球技委員が勢揃いし、生徒会が球技大会について説明を始める。
球技大会は、三者面談週間の最終日、再来週の金曜日に行われることになっている。
委員の仕事は、大会前の事前の備品準備、当日の試合の審判、そして、大会後の後片付けだ。
仕事量としては多くはなく、涼と椿姫に振り分けられたのは、事前の備品準備三日間と、当日の試合の審判くらいだった。
委員会は一時間程度で解散となった。あとは来週の備品チェックの担当日まで、活動はなさそうである。思ったよりも楽そうで涼は内心ほっとした。
「うーんっ」
凝り固まった身体を解すように、涼は大きく腕を伸ばす。一時間も動かずに座りっぱなしでプリントを見つめ続けていたので、さすがに肩が凝っていた。
「椿姫さん、お疲れ」
律儀に自分の担当日とその役割について蛍光ペンで線を引いていた椿姫に、涼は声を掛ける。
「涼くんもお疲れさまです。委員会に所属するのは初めてだったので、ちょっと緊張しちゃいました」
椿姫はほっとしたように表情を緩め、帰り支度を始める。
当然のように並んで教室を出る涼と椿姫に、生徒達の視線が集中する。その視線を嫌と言う程背中に感じながら、涼はそそくさと会議室を後にした。
自転車を押しながら、涼は椿姫の隣を歩く。
「さすがにお腹空いたな」
「そうですね」
三者面談週間の四限授業は、昼食の時間なく下校となる。その後に委員会もあったのだから、時刻はとうに十四時を回っており、お腹はペコペコであった。
帰ってカップ麺でも食うかと考えていると、花屋の前のT字路に到着する。普段なら椿姫とはここで解散となる。
椿姫に挨拶しようと、涼は押していた自転車を止める。
すると先に言葉を発したのは、椿姫の方だった。
「あ、あの、涼くん」
「ん?」
「きょ、今日、うちに来ませんかっ!?」
ふわりと暖かな風が椿姫の髪を揺らすと、花のような甘い匂いがした。




