第49話 気を付けた方がいいこと
LHRが終わり、放課後になると涼の席に皐月がやってきた。
「涼、災難だったなー。もっちーの筋肉数字で当てられるなんて」
わははと笑う皐月を、涼は軽く睨み付ける。
「全く笑い事じゃないぞ……。ただでさえ体育が憂鬱なのに、球技委員だなんて……」
「まぁまぁ、せめて同じ委員の女子がつばきちで良かったな!」
「まぁ、それはそうだが……」
クラスの関わりのない女子と同じ委員になるよりかは、当然友人である椿姫と一緒の方が幾分か気は楽ではある。椿姫なら涼が潔癖症であることも理解しているし気負う必要もない。
が、一点気になるとすれば、涼と椿姫の関係をよく思わない生徒がいるかもしれないということだ。
先程のLHRで椿姫が球技委員に立候補したことは、涼だけでなくクラスメイトにも衝撃を与えた。
椿姫が球技委員になるなら自分が立候補すればよかった、と嘆く生徒もいれば、どうして大人しい椿姫がわざわざ委員になど立候補したのだろうと疑問を持った生徒も多かった。
クラス内で目立たないはずの涼は、ここ最近椿姫とよく一緒にいることで、少しずつその存在を認識されるようになっていた。
『どうして北白河さんは、藤沢なんかを気に掛けているのだろう?』
みなそう思っているに違いない。
涼がはっきりと椿姫とは友人だと言える機会があればいいのだが、それはそれで男子達の怒りを買うことは避けられなさそうだった。
(人気者の友人って、結構大変なんだな……)
澪も皐月も人気者ではあるが、クラスメイトは二人が幼馴染のよしみで涼と一緒にいるのだろうと思っている。
何を言われたところで当然椿姫との友人関係をやめるわけはなく、涼に出来ることはただただ椿姫が嫌な思いをしないよう気に掛けることだけだった。
誰からも好かれているように見える椿姫だが、本人は何故かみなと距離を置いている。椿姫が話し掛ければ、みな喜ぶように思うのだが、当の本人の壁は分厚くそう簡単な話でもないようだ。
「気を付けた方がいいかもね」
急に真隣りからぼそっと落ち着いた声が聞こえ、涼が驚いて声の方を見るとそこにいたのはクラスメイトの男子、佐久間 桜士郎だった。
「び、びっくりした……。佐久間くんか……」
涼の驚きとは反対に、皐月は相変わらず悠長に挨拶をしている。
「よっ、佐久間~」
その軽すぎるノリに佐久間も適当に挨拶を返す。
佐久間とは、五月の終わりに行われた校外学習で同じ班になり、初めて話をした。以降、会えば世間話をするくらいの仲ではあるのだが、佐久間は他の生徒とはテンポ感が異なっており、涼は佐久間を少し不思議なやつだと認識している。佐久間は基本的に誰かと一緒にいることはなく、一人で行動していることが多い。時たまこうして涼や皐月と絡むことはあるが、大抵は一人でも楽しそうなのだ。高校生である涼達にとって、周りを気にすることなく一人で行動出来る生徒というものは珍しいものなのである。
しかしそんな佐久間の空気感は、涼にとっても悪いものではなかった。寧ろ潔癖症である涼にとっては、適度な距離感が心地よくもあった。
「気を付けた方がいい? 何をだ?」
佐久間の言葉を涼が聞き返すと、佐久間は何も言わずに視線をとある方向へ向けた。
その視線につられ、涼も同じように廊下側に視線を移すと。
「涼! 大丈夫?」
ちょうど涼の席へとやって来ていた澪と、ばっちり目が合った。
「澪」
「涼が球技大会委員だなんて……」
涼の潔癖症を心配しているのだろう澪の表情は、酷く曇っていた。
「大丈夫だよ、椿姫さんも一緒だし、無理はしない」
「それなら、いいんだけど……」
澪の顔を見て、涼はそういえばと思い出す。
椿姫が立候補する前、澪も同じように球技委員に立候補しようと手を挙げようとしてくれていたことを。
「澪、ありがとな」
「えっ! な、なんのこと?」
「さっき、委員に立候補しようとしてくれてただろ?」
「あー、いや、別にぃ……、涼がやるなら一緒にやってもいいかなって思っただけで……。結局椿姫ちゃんに先を越されちゃったし、お礼を言われるようなことじゃ……」
澪は自分がしたことは大したことではないのだと思っているのだろうが、それでも涼は澪の優しさが嬉しかった。
「澪ちんってちょいツンデレなとこあるよなぁ!」
「べ! 別にツンデレじゃないしっ!」
相変わらず皐月の余計な一言に、澪は皐月の横っ腹に思い切り拳を入れる。
「いてえ! もう少し加減しろよ!?」
「皐月くんが涼の前で余計なこと言うからでしょ!?」
などとやりとりする二人の横を見ると、佐久間の姿はすでになかった。
(佐久間くんが言っていた、気を付けた方がいい、って澪のことか?)
時たま不思議な言動をする佐久間に首を傾げながら、涼は幼馴染二人を宥める。
するとそこへ、椿姫がやってきた。
「涼くん」
「椿姫さん」
椿姫はいつものように穏やかな笑みを浮かべる。
「球技委員の集まり、そろそろ行きますか?」
「ああ、そうだった……」
早速この後、球技委員会の集まりがあるのだ。
スクール鞄を肩に掛け、涼は友人達を振り返る。
「澪、皐月、またな」
「おう! 涼ちん頑張れよ! つばきちも!」
「はい、ありがとうございます」
澪は尚も不安そうな表情を浮かべて、ととと、と可愛らしく涼の傍に来ると触れるか触れないかの距離で言う。
「涼! 何かあったら絶対にすぐに言ってよ!? 委員会のことも、あとで報告すること!」
あまりの近さにドキッとしながらも、涼は苦笑を浮かべる。
「はいはい、分かったよ。後で連絡する」
(本当、心配性だな)
じいっと涼の顔を見つめる澪は心底可愛かったが、どうやら暫く澪とゆっくり過ごせる日はなさそうだった。
涼は椿姫と並んで教室を後にする。
二人の背中を心配そうに眺めていた澪の頭を、皐月は優しく撫でる。
「澪ちんも大概だなぁ」
「なにそれっ。好きな人のよしよし以外、全然嬉しくないからっ」
「はいはい」
皐月は大事な幼馴染二人を想って、深く溜息をついた。




