第45話 彼女の順位
週明けの月曜日。涼が登校すると、一学期中間テストの結果が二学年クラス前の掲示板に貼り出されていた。
金曜日までにテスト返しは全て終わっており、張り出されるのなら今日だろうとは思っていたが、まさか朝のうちに貼り出されているとは思わなかった。
人だかりのできている掲示板前を、少し遠くから眺める。
他人にぶつかられでもしたら大変だ。幸い視力はいい方だし、身長もそこそこある。後ろからでも大きく張り出された成績表はよく見えた。
一年三学期末テストは二十位だか三十位だかそこらだったと記憶している涼は、とりあえずその辺りの順位に目を向ける。すると自分の名前はすぐに見つかった。
(二十六位か……。まぁ、そんなもんだろ)
涼としては可もなく不可もなく、といった平均的な順位だった。部活にも委員会にも所属していない涼は、暇である程度勉強をしているにすぎない。これ以上上の順位を望むのならば、それ相応の努力も必要になってくるだろう。一位争いをする者は、恐らく勉強に費やす時間も涼とは段違いであると思われる。
「やっぱり涼くんは、全然大丈夫でしたね?」
横からもう随分と聞き馴れた落ち着いた声が聞こえ、涼は右隣に視線を向ける。
「椿姫さん、おはよう」
「おはようございます、涼くん」
椿姫は相変わらずの目を見張るほどの美しい微笑みで挨拶を返す。
「まぁ、お陰様で」
椿姫との勉強会は涼にとってもかなり集中できる時間である。その勉強会が功を奏しているであろうことは言うまでもなかった。
「ふふっ」と笑う椿姫は、何故か嬉しそうだった。涼の成績など椿姫にとっては関係のないものだと思うが、彼女にしては珍しく誇らしそうな表情がたいそう可愛らしかったので、特に触れないでおく。
「で、椿姫さんの成績は?」
涼が改めて成績表に目を向けると、椿姫が涼の前で手を振りながらぴょんっと跳ねる。
「わ、私の成績はいいのですっ! その、いつもと同じくらいでしたしっ!」
掲示板に貼り出される成績上位者は一位~五十位。勉強の要領の良さを知る涼は、絶対に椿姫の名前もあるはずだと疑っていなかった。
なんとか涼に触れないよう、その視界を塞ごうとする椿姫。しかし涼はそれに構わず、掲示板を見つめ続ける。
(あった。二年Ⅾ組 北白河 椿姫、順位は……)
見つけた名前の横の順位に、涼は思わず目を丸くした。
「七位⁉」
何度見直してみても、椿姫の名前の横の順位は、「七位」と記載されていた。
涼は驚愕を隠すことなく、目の前の椿姫に視線を落とす。
「椿姫さん……俺より全然成績いいじゃないか」
「あ、えっと……」
学校生活において、成績は良いに越したことはないはずなのだが、どうして椿姫が成績を隠そうとするのか、涼には分からなかった。
涼の成績の周辺、もしくはそれよりも少し上くらいに思っていたのだが、十位以内とは相当努力したのではなかろうか。
「すごいな、椿姫さん」
涼の口から自然と賞賛の言葉が漏れる。
しかし椿姫は、相変わらず何か焦ったような様子で早口で捲し立てる。
「あ、あの! 今回はやはり涼くんとの勉強会がものすごく功を奏しまして! 私史上最高記録の点数が取れたのですっ。全て勉強会のおかげですっ!」
そんなわけがないと涼は冷静に理解している。もちろん勉強時間がしっかり確保できたというのも大きいのかもしれないが、それ以外にも勉強しているはずだ。どう考えても椿姫の努力の賜物だろう。
じとっと見つめる涼に、椿姫はますます焦ったように言葉を紡ぐ。
「あ、あの、ですから、これからも勉強会を続けてくれたら嬉しいのですが……」
尻つぼみになっていく椿姫が少し可哀想になって、涼は表情をふわっと緩めた。
「悪い悪い、冗談だよ」
「へ?」
「椿姫さんの成績が良いだろうことはまぁ分かっていたつもりだよ。本当は俺なんていなくても、椿姫さんはいい点数を取れるだろうってことも。でも、俺としても椿姫さんとの勉強会はすごく助かってる。勉強会をやめたりはしないよ。寧ろ今度は、俺が教えてもらいたいくらいだ」
涼の柔らかな表情に、椿姫はほっと胸を撫で下ろす。
「もうっ! からかわないでくださいっ! 涼くんとの勉強会が終わってしまうのかと思いましたよっ。私、涼くんと一緒じゃないと、もう勉強できませんからっ」
「それは言いすぎだと思うけど……。まぁ、俺もだよ。いつも助かってる」
頬を膨らまして可愛らしく拗ねた椿姫は、いつものようににこっと明るい笑顔を浮かべた。
(俺ももう少し真面目に頑張ってみるかな。せめて十位台に入れるくらいには)
そんな会話を涼と椿姫が流暢にしている間に、登校してきた生徒達によって掲示板前は混雑していた。順位を一目見ようと生徒達が集まっているのだ。
そしてその生徒達はみな、学年一、いや校内一美人の椿姫に目を向け、そしてその隣で仲睦まじそうに話す涼にも視線を向けた。
「北白河さん、今日もめっちゃ綺麗」、「ていうか、隣の男子誰?」、「随分仲良くね?」、「北白河さんって男子苦手なんじゃなかったっけ?」、「もしかして告白断り続けてるの、彼氏がいたから?」など、ひそひそ声が耳に入る。
周りの視線が自分達に突き刺さっていることにようやく気が付いた涼と椿姫は、はっとして顔を見合わせる。
(軽率だったな……)
「きょ、教室行くか……」
「はい……」
涼が猛省していると、助け船が元気よくこちらにやって来た。
「おーい、涼ちん、つばきちー! はよーっす!」
振り向くとそこにいたのは、明るすぎる金髪に恥じることのない明るすぎる笑顔の皐月と、皐月の隣で不満そうにその可愛らしい顔をぶすっと歪めている澪だった。
皐月のつばきち呼びに、掲示板前にいた生徒達がざわっとどよめく。
「あの北白河さんを下の名前で⁉」、「しかもあだ名呼び⁉」と、生徒達の噂の中心は、涼から皐月へと移った。
自分が噂されているとは露とも知らない皐月は、笑顔で涼達の元へとやって来る。
しかし涼は皐月のナイスタイミングにほっと胸を撫で下ろしていた。
「皐月、悪いな」
涼が謝罪の言葉を口にすると、皐月は目を瞬かせながら涼を見て、それからまた爽やかイケメンスマイルを浮かべる。
「ん? よく分からんけど、全然OKだぜ!」
よく分からんのにOKを出すな、といつもならツッコみたいところだが、この場は助かったことは言うまでもない。
(椿姫さんとは友人だが、俺が一緒にいることをよく思わないやつも多いよな……。少し考えなくちゃな……)
涼がふと澪に視線を向けると、澪は頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた。
「…………?」
澪の態度が理解出来なかった涼は首を傾げたのだった。




