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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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44/49

第44話 変わりのない穏やかな日常

本日更新分より、第二部となっております!

引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです!

よろしくお願いします✿


 長いようで短かったテスト期間が終わった。


 春の穏やかな陽気はなりを潜め、じめじめとした湿り気を帯びた暑い空気が、身体に纏わりつくようで気持ちが悪い。早く涼しい家のベッドで寝転びたい。とは思いつつも、学校にだって逃げ場はいくつでもある。


 図書室にいる藤沢 涼(ふじさわ りょう)は、カラっとした涼しい冷房の風を浴びながら、ノートから顔を上げた。


 高校二年生の一学期中間テストも終わり、いつも通りの平凡な日常が戻って来た。

テスト週間でお休みだった部活動も、今日からは本格的に夏の大会に向けての練習が始まる。幼馴染の辻堂 皐月(つじどう さつき)が所属するバスケ部も、春に入った一年生の指導が始まるのだと言う。


 部活って大変そうだよなぁ、なんて、部活とは全く縁のない帰宅部の涼は呑気に思う。


「涼くん、もう終わったのですか?」


 隣に座っていた北白河 椿姫(きたしらかわ つばき)が顔を上げ、涼に問い掛ける。


 椿姫は相変わらずの整った美しい顔でこちらを振り返る。誰もが見惚れる大きな瞳に、色気のある泣き黒子。制服のブレザーを脱ぎ、薄着になったセーターから派手に主張する双丘。物腰柔らかな態度と、落ち着いた穏やかな声。艶やかな長い黒髪は毛先がくるんと巻かれ、冷房の風にふわりと揺れる。


 誰もが目を奪われるほどの美人である椿姫と涼が、こうして勉強会を定期的に行うようになってもうひと月以上が経つ。


 始めは戸惑うことの多かった涼だが、椿姫とこうして二人でいることに、すっかり慣れてしまった。


 涼も椿姫の女性としての魅力は十分承知しているが、大事な友人である気持ちが大きいため、涼が他の男子のようにやましい気持ちで接してこないのも、椿姫としては心地良いのかもしれない。

 二人の空気は、お互いを尊重するものであり、実に和やかだった。


 椿姫の声に、涼は彼女へと視線を移す。


「ああ、終わったよ。量があるわけでもなかったし」


 涼と椿姫は、本日の授業で与えられた課題をこなしていた。大した量ではなかったため、勉強を得意とする涼の敵ではなかった。


「さすが涼くん! 早いです!」


 にこりと誰もが目を奪われる笑顔で涼を称賛する言葉を口にする椿姫だが、恐らく彼女も課題が終わったのだろう。


 勉強を教えてほしいと言われ始めた椿姫との放課後の勉強会だが、涼は椿姫の成績は自分よりもいいのではないかと思っている。同じクラスになって、初めての中間テストを終えた。来週には成績が廊下に貼り出されるだろう。そこで椿姫の実力も分かるはずだ。


「中間テストの結果、いよいよ張り出されますね」


 涼もちょうど考えていたことを、椿姫も口にする。


「そうだな。あとテストが返ってきてないのは、生物と数学、世界史くらいか」

「そうですね。私、今回の数学は自信があります! 涼くんにも教えてもらいましたし!」

「俺が教えるまでもなく、椿姫さんは自分で簡単に解けたと思うけど……。まぁ、少しでも役に立っていたら嬉しいよ」


「涼くんはどうですか?」

「そうだなぁ、俺は生物があまり自信ないかもしれないな……」

「あら。涼くんが勉強で自信がない、だなんて、なんだか珍しくないですか?」

「ああ、うん、ちょっと……」


 涼は苦笑を浮かべる。




 生物のテストは中間テスト三日目の最終日だった。


 当然二日目のテストを終え、帰宅した涼は生物の勉強をしていたのだが、そこに、幼馴染の桜坂 澪(さくらざか みお)がやってきたのだ。


「涼! どうしよう⁉ 私、生物のワーク学校に忘れてきちゃった!」


 そう叫びながら、澪が涼の部屋に飛び込んで来たのだ。

 涼は突然開け放たれた自室のドアを見て、目を丸くした。


「お前⁉ どうやってうちに入ってきた⁉」


 涼の家は澪の家の向かいの一軒家である。共働きの両親は当然日中は家におらず、広い家で涼は一人だった。故に当然玄関の鍵は掛けてある。澪が勝手に入って来れるわけがないのだ。


「涼、そんな些細な事、全然驚くことじゃないよ? 幼馴染なんだから、当たり前でしょっ!」


 澪はにっと明るい笑顔を浮かべると、高校生にしては発育の良すぎる胸をこれでもかというほど張って見せる。ミディアムヘアの髪をふわっと揺らして、その顔はどこかドヤっとしていた。


 幼馴染の涼と澪が、幼い頃のようにお互いの部屋を行き来できるようになったのは、ごく最近のことだった。


 涼は潔癖症けっぺきしょうのため、人が触った物や、人に触れることを苦手としていた。


 しかし、澪と二人きりで始めた『潔癖症さよなら大作戦』のおかげで、涼の潔癖症の克服は少しずつ進んでいた。まだ人に触れることは躊躇われるが、澪を家に呼ぶのには慣れ始めた時分だった。


 きっと誰しもがドキッとしてしまうだろう、澪の明るい可愛らしい笑顔に、涼は小さくため息をついた。


「どうせうちの母さんが渡したんだろ。またいつでも遊びに来てね、とか言って」

「おおっ! 涼すごいっ! 一言一句その通り! もしかして涼ってば名探偵⁉」


 単純なんだよ、うちの母さんも、澪も。とは口に出さないでおく。


 涼としては澪が遊びに来るのは、当然嫌なことではない。

 寧ろ、涼にとって澪が来ることは、嬉しいことだった。


 涼は澪に想いを寄せていた。涼も最近まで全く気が付かなかったのだが、どうやら涼は澪に惚れてしまったようなのだ。いや、もうとっくに惚れていたのかもしれない。しかしその淡い恋心に気が付いたのは、潔癖症の克服練習を通してだった。


 涼の潔癖症の克服に親身になってくれた澪。そんな澪と一緒に克服練習に取り組むうち、涼は澪への想いに気が付いたのだった。


 好きな女の子が自分の部屋に来ることを嫌がる男子は、あまりいないのではないだろうか。

 ただ、澪は涼を当然ただの幼馴染としか思っていないので、気が緩んでいるというか、かなり無防備なことが多く、潔癖症である以外普通の男子高校生の涼は、理性を抑えるのが大変なことも多かった。


 例によって澪はかなり薄着だった。キャミソールに薄手のパーカーを羽織っている。下は太腿が顕になるショートパンツ姿である。


(よくこんな恰好で男の家に来ようと思うな? まぁ、多分、俺のことをただの幼馴染としか思ってないんだろうけど)


 だとしても、襲われても文句は言えない格好だと説教したくなる。

 涼はまた大きくため息をついて、澪に改めて問い掛けた。


「で、何? 生物のワーク?」

「そう! 学校に忘れてきちゃったの! 今から取りに戻ってたら勉強時間がなくなっちゃう! 涼、ワーク貸してっ!」

「いや、俺も今ちょうど使っているところなんだが……」

「涼は勉強できるし、どうせ普段から真面目にやってるでしょ? 心配ないないっ!」


 まぁ、確かにそうなのだが。それにそこまで高得点を目指しているというわけでもない。進路のことなんて全く考えていないし、ある程度の点数が取れればいいのだ。


「じゃあじゃあ、こうしよ?」


 澪は涼の勉強机にやって来ると、その隣にちょこんと膝立ちで座った。


「ここで涼が解いてるのを邪魔しないように見せてもらうのは?」


 にこっと笑う澪の顔があまりに近くて、涼は慌てて距離を置いた。好きな女子が少し首を傾ければキス出来る位置にいるのだ。勉強など集中できるわけもない。


「……わかった……。こっちの机でやろう、膝も痛いだろうし……」


「涼、ありがとうっ!」と喜ぶ澪と、部屋の中央に置いているローテーブルに移動する。しかし澪は、涼の隣にくっついて、触れるか触れないかの距離に腰を下ろした。


(ち、近い……)


 澪も涼が潔癖症であり、人と触れるのが苦手なことくらい、重々承知している。涼に触れることは当然ないのだが、そのあまりの近さに澪に好意を寄せる涼はドキドキしないわけがなかった。


「涼とこうやって一緒に勉強するのも、たまにはいいねっ」


 にこっと笑う澪に、涼は痛む心臓を抑えたのだった。




 そんなこともあり、生物のテスト勉強が満足に出来たかというと、かなり微妙なラインだった。


(澪には本当に調子を狂わされてばかりだ……)


 そんな幼馴染の澪を涼は好きなのだから仕方がなかった。


「きっと涼くんなら大丈夫ですよ。なんだかんだ言って、悪い点は取らないと思います」

「だといいんだが……」


 苦笑する涼に対して、椿姫が「あ!」と言って両の手を打ち合わせる。


「ところで涼くん!」

「ん?」


 椿姫は唐突に話題を変え、真剣な表情で涼を見つめた。


「今、欲しい物とかありますか?」

「え? 欲しい物?」


 中間テストの話題から急に欲しい物の話題に移り、涼は目を瞬かせる。


「はい! 欲しい物です」

「ええと、何だろうな? 欲しい物……?」


 随分と唐突な質問に、しかし、質問されたからには何か答えようと、涼は首を捻る。


「うーん、そうだなぁ……。ぱっとは思い付かないが……」


 しかし考えたところで、すぐには出てこない。本はいつだって欲しい物があるし、抹茶のスイーツならこれまたいつだって胃は欲している。そんななんでもない回答でいいのだろうか。


「えっと……随分唐突な質問だな?」

「でももう六月ですよ?」


 椿姫の返答に、涼はますます首を捻る。六月だから、なんだというのだろうか?


「辻堂くんから聞いたんです。涼くんは六月の末が……」


 口の形を「あ」にして固まった椿姫は、慌てて自身の口元を抑える。


「皐月がなんだって?」

「あ、ええと……やっぱりなんでもないです! 忘れてくださいっ」

「はぁ……?」


 清楚可憐で孤高の美少女である椿姫だが、思ったよりも抜けたところがある。ただ単に会話の種として蒔いたのか、何かを確認したかったのかは涼には分からなかった。


 そんな他愛もない会話をしていると、ガラっと図書室の扉がスライドされる。


「やっほー! 涼! 椿姫ちゃん!」


 元気に入室してきたのは、澪だった。凡そ図書室で出してはいけないようなビッグボイスである。


「澪ちゃん! こんにちは!」と和やかに挨拶する椿姫とは反対に、涼は眉根を寄せる。


「澪、ここ図書室だぞ? もう少し静かに入って来れないのか?」


 涼が窘めると、しかし澪はけろりと言ってのける。


「って言っても、もうこの時間じゃ、涼と椿姫ちゃんしかいないじゃん」


 言われて辺りを見回してみれば、確かに澪の言う通り、図書室内には気だるげな図書委員の男子がカウンターにいるだけで、涼と椿姫の二人しかいなかった。


「部活終わったから、寄ってみたんだ! 涼、今日勉強会の日だって言ってたでしょ?」


 澪はお菓子作り部に所属している。週に一、二回活動するかしないかの緩い部活らしい。澪からほんのり、クッキーのような甘い香りがした。


「三人で一緒に帰ろ!」




 涼、澪、椿姫は並んで昇降口を後にする。夏前の午後五時はまだまだ日が高く、明るかった。


 涼は自転車通学のため、校舎横にある駐輪場に向かう。自転車を取りにやって来ると、澪と椿姫も一緒に付いてきた。

 自転車の鍵を外して、ふと二人の方に顔を向けると、二人はにこっとその整った顔に笑顔を浮かべる。


 スタイル抜群で明朗快活な澪。同じくスタイル抜群で才色兼備なお嬢様の椿姫。


 幼馴染と親友という二人だが、誰かに見られたら相当羨ましがられそうだな、と涼はどこか他人事のように思った。




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