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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第42話 どこを触られても全然平気だよ…?


「ここが俺の部屋だけど……」

「おー! すっごく綺麗! 潔癖症のお部屋ですっ! って感じ!」


 澪は涼の部屋に足を踏み入れると、開口一番そう言った。


 部屋全体が紺色で統一されていて、勉強机と本棚、テレビにゲームといった必要な家具しか置かれていない。もちろん所々に除菌ウェットティッシュや除菌ボトルも置いているが、全体的に無駄のない部屋だった。


「悪かったな。潔癖症の部屋だよ、どうせ」

「ふふっ、綺麗で素敵なお部屋じゃん! わ! ルームフレグランスまである! お洒落~」


 まじまじと見られて恥ずかしくなったせいか、涼は急に暑さを感じて窓を開けた。


「とくに面白いものなんてないだろ? って、おい、なんでベッドの下を覗くんだ?」

「えっちな本が隠されてないかなって!」

「いつの時代だよ……」


 このご時世、本で買う派は多分少数だろう。


「座っても平気?」

「……澪が、嫌でなければ……」

「全然嫌じゃないよ! って言っても、どこに座ったらいいんだろう?」


 誰かが来ることを想定していなかった部屋は、座布団やクッションがない。困った涼は、一点を指差した。


「ベッドで良ければ」


 硬い床以外、女の子を座らせられるような場所は、ベッドしかなかった。


「ひょえっ……」


 澪から聞いたこともない変な声が聞こえて、涼は目を丸くした。


「悪い、嫌だったか……?」

「嫌じゃない嫌じゃない! 私が涼のこと嫌がるわけないじゃん!」


 「お、お、お邪魔しますっ」と何故かやたらと緊張した様子で澪は涼のベッドに腰を下ろした。涼も自分だけ立っているのは変だと思い、澪の隣に腰を下ろす。


 すると澪はまた「ひゃぁいっ」と、謎の言語を発した。


「澪?」

「え? あ、じょ、除菌大丈夫そう? ストレスになってない?」

「大丈夫だ」

「そ、それならよかった……」


 涼の心配をしつつも、なんだか澪の様子がやっぱりおかしい。


「澪、どうした?」


 澪が嫌がらないのなら、涼としては除菌の必要がないので、ほっと一息といったところなのだが、あまりに普通ではない澪の様子に涼までそわそわしてきてしまった。

 澪は観念したように話し出す。


「涼は、緊張しない……?」

「緊張?」


「私達、今この家で二人きりなんだよ……? それにここは涼の部屋で、涼のベッドに並んで座ってる……」


 涼はそこでようやくはっとする。


 今まで潔癖症のことで頭がいっぱいだったため、考える余裕がなかった。でもたしかに澪の言う通りなのだ。今この家にいるのは涼と澪の二人だけであり、ここは涼の部屋で、二人は涼のベッドに並んで座っているのだ。


 そう意識してしまうと、急に身体が熱くなってくる。ドキドキと心臓がうるさい。


「だ、だからなんだよ」


 涼はそう平静を装って言ったつもりだったが、どうにも変に声が上擦ってしまった。


「涼は、なんとも思わないかな……?」


 澪が頬を赤らめ、涼に少し顔を近付ける。


「なんともって……」


 澪の胸が、少し忙しなく上下しているように見える。部屋に入ってくる心地よい風が、ほんのり澪の髪を揺らす。すると甘い香りが涼の鼻腔をくすぐった。


(触れたい…………)


 漠然とそんな単語が涼の脳内を埋め尽くす。


 このまま澪を押し倒したら、澪はどんな顔をするのだろうか。澪の部屋に遊びに行ったときのように、頬を上気させ、期待に満ちたような瞳でこちらを見るのだろうか。



「……私、涼になら、どこを触られても全然平気だよ……?」



 上目遣いでそんなことを言う澪は、自身の胸に手をあてる。


 心臓が息苦しいくらいの早さで動いている。


 涼はゆっくり澪に手を伸ばす。


 このまま澪に触れたら、自分はどうなってしまうのだろうか。止まることができずに澪を傷付けることになってしまうのではないか。でももし澪が受け入れてくれたら……。


 ぎりぎりの理性をかき集めた涼は、結局澪に触れることはできなかった。


「……やっぱり無理だ……」


 触れたい気持ちはこんなにも溢れているのに、触れることができなかった。


「そっか……、そう、だよね! 涼にはまだ早かったよね! ま、またゆっくり慣れていこうよ」

「……ああ」


(澪に触れたい気持ちはこんなにもあるのに、どうしても触れることができなかった。それはまだ俺が潔癖症であるからなのか、それとも、澪に触れて、この関係が変わってしまうのが怖いからなのか……)


 どちらの理由からなのかは定かではない。それも、涼が今後向き合っていくべき課題の一つだった。


・他人に触れる


 それは八つ目の克服練習項目だった。近いうちに涼は答えを出さなくてはいけないだろう。


(どこを触られてもいいだなんて、男の前で言うなよ……)


 澪としては、潔癖症の克服練習に協力するだけのことなのかもしれないが、涼にとってその言葉は劣情を煽るものでしかなかった。澪の気持ちもわからない今、涼が手を出すわけにはいかない。そもそも涼にはそこまでの度胸も自信もなかった。


 なんとも気まずい空気が流れる。沈黙に耐え兼ねた涼はなんとはなしに部屋を見回して、机の上に置いていた掌サイズの紙袋に目をやった。


「……ああ、そうだ。澪、これ」

「え?」


 涼は手にした小さな紙袋を手渡す。


「開けていいの?」

「ああ」


 澪は袋を開けて、その中身を取り出す。出てきたのは、小さなねこのキーホルダーだった。二匹のねこが、それぞれ赤と青の羽織を着ている。浅草で購入したものだった。


「え! これって、私が見てた……?」

「欲しいのかと思って、買っといたんだ。まぁ、潔癖症の克服の練習に付き合ってもらってるお礼だとでも思って受け取ってくれ」

「いいの!? 嬉しい! ありがとう! 涼!」


 澪は「また会えたね~」と言いながら、二匹のねこのキーホルダーを撫でる。そうしてさっそく赤の羽織を着たねこをスマホに付けた。


「うん! 可愛い!」


 ご満悦な澪は、ちらっと涼を窺う。


「えっと、涼も良かったら付ける? 青いねこちゃん……」


 断られると思っているのか、澪は少し控えめに訊いてきた。

 可愛いキャラクターもののキーホルダーをつけるなんて、まったく趣味ではない。けれど。


「そうだな、鞄にでも付けておくか」


 そう言って涼は青い羽織をきたねこのキーホルダーをスクール鞄に付けた。その様子を澪は目を丸くして見つめていた。


「珍しいっ! 涼が一緒に付けてくれるなんて!」

「まぁ、たまには」


 これで勝手に涼と澪が付き合っていると勘違いする男子なんかがいてくれれば、虫よけにもなるし、涼としては安いものである。

 嬉しそうにキーホルダーを眺める澪に、涼は自然と自身の頬が緩んでいることに気が付いた。


(いつか、必ず伝えたい。俺は、澪の隣にいたいんだ)


 潔癖症であるはずの涼が、澪に触れたいと思うなんて、やっぱりおかしいと思う。けれど、隣で笑う幼馴染に、涼は恋をしてしまった。


 目が合うと、澪は嬉しそうににこりと笑ってくれる。



(今は、それだけで十分だ)




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