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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第40話 新たなる決意


 涼の言葉に、澪の瞳が少しずつ驚愕に見開かれていく。


「え……? どうして……?」

「悪い……。せっかく協力してもらったのに」

「そんなことはいいんだよ。どうして、どうしてやめちゃうの? あんなに順調だったのに……」


 涼もそう思っていた。澪の協力のおかげで、触れられるものも増えたし、除菌の回数も大分減らせていた。けれど、あれ以来、涼はまた除菌に頼り切りになってしまった。


「……校外学習の帰り。……秋月に、会ったんだ……」


 穂乃のことを思い出そうとすると、涼はどうしても息苦しくなってしまう。それだけ穂乃は涼の心に深い傷を与えたのだ。


「秋月……? え、穂乃に会ったの!?」


 驚く澪に、涼は小さく頷く。


「なにか、話した?」

「いや、特には……。だけど、その日からずっと除菌ジェルが手放せないんだ」


 涼の潔癖症の原因が秋月であることは、澪も皐月も知っていた。

 あんなに除菌の回数を減らせていたはずなのに、以前よりも除菌しているのではないかというくらいに、除菌液の減りが激しかった。


「俺はきっとこの先も無理だよ。万が一上手くいったとしても、きっと今回みたいなことがあれば、昔を思い出して動けなくなる。振り出しに戻って、また除菌せずにはいられなくなるんだ。俺はあの頃から、ちっとも変わってなかったんだ……」


 自分が他の人のように普通になれるわけがなかった。どうしてこんな自分が普通になれるなどと思ってしまったのだろうか。

 涼はそんな風に希望を抱いてしまった自分を嘲笑った。


「…………変わったよ。涼は、変わった」


 涼の悲痛な表情に、澪は力強く立ち上がる。


「涼は自分が思っているより、すごく前に進んでる! 今までだったら、潔癖症を克服しようなんて思わなかったでしょ? そう思えたのは、涼が一歩踏み出してみようと思ったからだよ! 潔癖症のことだけじゃない、涼は友人作りにも前向きになった。そんな頑張ってきた涼のことを簡単に否定しないで!」


 澪の言葉に驚いて顔を上げる涼。しかし、その表情はまたもや曇ってしまう。


「でも……、また立ち止まるかもしれない……」

「何度立ち止まったっていいじゃん! その度に少しだけ休憩して、また歩き出せばいいよ!」

「だけど……」


 その再度歩み出す自信すらも今の涼にはない。どうせ無理なことを頑張ってなんになるのだろうか。自分なんかが夢見たことすら、烏滸がましかったのではないか。

 口を噤んでしまった涼に、澪は優しい声音で話しかける。


「……涼は、潔癖症を克服したいと思ってるんだよね?」

「それは、……」


「だったらまた少しずつ克服練習を進めていこうよ! 何度挫けて、立ち止まったっていいよ! 涼が前を向けるまで、私はずっと傍で待ってる! もし歩き出したくても歩き出せないのなら、私が涼を、明るい方へ引っ張っていってあげる!」

「澪……」


 澪の力強い言葉に、涼の冷えてしまいそうだった心が少しずつ温められていく。


「最初から簡単に克服できるなんて思ってないよ。いいんだよ、何度挫けて立ち止まったって。涼のペースでさ。また一緒に、頑張ろうよ」


 涼はぐっと唇を噛みしめる。そうして思わず苦笑が漏れた。


(本当に情けないな、俺……。好きな女の子にここまで言わせるなんて……。なんだって俺の幼馴染はこんなに強いんだろうか。自分のことでもないのに、どうしてこんなにも真剣に、俺以上に考えてくれるんだ……?)


「それに! 涼だって本当は諦めたくないんじゃない? 潔癖症なんてない方がいいって、本当は思ってるんじゃないの? 私達が【潔癖症さよなら大作戦】を始めたときみたいに」


 そうだ、あの時の涼は、なにもせずになにもかも諦める自分が嫌だった。潔癖症だから自分には無理だ。そう決めつけてばかりいた。友人作りも、誰かに理解してもらおうと踏み込むことも、涼はすべて潔癖症のせいにして諦め続けてきた自分が嫌だった。

 潔癖症さえ克服できれば、もしかしたら自分も変われるかもしれない。

 そう思って一歩踏み出したのだ。


「ああ、本当に情けないな、俺は……」


 いつだって自分は、この強くて明るい幼馴染がいないと、前に進めないのだ。そんな情けないことを痛感する。


(このまま諦めたら、また昔の自分のままだ。俺は、変わりたい。いつまでも除菌に頼るような弱い心のままでいたくない。俺は、……)


 涼は覚悟を決めたように、力強い瞳を湛えて澪を真っ直ぐに見つめた。


「俺は、潔癖症の克服を諦めたくない。弱い自分と決別したい」


 その言葉に澪は嬉しそうに笑った。


「うんっ! また一緒に頑張ろうよ!」

「……ああ、ありがとう、澪」

「ううん! 私はなにもしてないよ! 私は涼のお手伝いをするだけ!」


 そう言って明るく笑う澪に、涼の心は救われる。


「どうしてそんなに俺に協力してくれるんだ? 幼馴染だからって普通そこまでしないだろ?」


 涼の質問に「えっ」と小さく声を上げた澪は、涼から少し視線を外した。


「りょ、涼のこと大切に想ってるからに決まってるじゃんっ! 涼が頑張るって決めたんだから、幼馴染として手を貸すのは当たり前でしょ?」

「そういうもんか?」

「そ、そういうもんです!」


(涼が頑張ろうとしている潔癖症の克服にかこつけて、涼と一緒にいる時間を増やしたかっただけだなんて、絶対に言えない……!)


 澪は内心、涼に悟られないか冷や冷やしていたが、当の涼は鈍いようで、そんな澪の思惑に気が付くことはなかった。


 澪としては、涼と一緒にいる時間を増やすのが最大の目的ではあったが、涼が楽になるのならもちろん潔癖症も克服してほしいと考えている。


(うまくいけば、涼に触れることができるかもしれないんだよね……)


 潔癖症の克服練習がうまくいって、涼が人に触れられるようになったら……。


 なんてことを考え始めて、澪の顔がみるみるうちに赤くなる。恋する少女の妄想はたくましかった。


「澪?」

「えっ? な、なにっ!?」

「なんか顔赤くないか?」

「そっ、そんなことないよ!?」


「そうか?」と澪の様子を不思議そうに見ている鈍い涼に、澪はまだまだ自分の恋路は長そうだと、少し肩を落としたのだった。




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