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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第39話 幼馴染の突撃


 校外学習が終わって、ゴールデンウィークに突入した。連休三日目を迎えた五月五日の今日も、涼は特にすることもなく、ただ自室に引き籠って本を読んでいた。連休中の課題はとっくに終えているし、とてもじゃないがゲームをする気にはなれなかった。


 そんな風にただ過ぎ行く時間に身を任せていると、ピンポーンっと軽快な音が家中に鳴り響いて、誰かの来訪を告げた。


「涼! ママ手が離せないの! 出てくれる~?」


 連休で珍しく在宅している涼の母が、一階から声を掛けてくる。涼は渋々立ち上がり、玄関へと向かった。


「どちらさまで……」


 涼が面倒くさそうに玄関ドアを開けると、そこに立っていたのは澪だった。ピンクのブラウスにショートパンツを合わせただけのラフな恰好だった。


「澪か、どうした?」


 澪はずいっと涼に近付くと、触れそうな距離で捲し立てる。


「どうしたじゃないよっ! 涼こそどうしてたの?! 全然スマホ見てくれないから、心配したんだよ?!」

「ああ、悪い……」


 そういえば校外学習から帰ったあの日以来、スマホを見ていなかった。恐らく鞄に入ったまま充電が切れたのだろう。


「皐月くんも椿姫ちゃんも心配してたから、あとで連絡してあげてよね!」

「わかったよ……」


 「まったくもうっ! 生きててよかったよっ」と澪は胸の下で腕を組む。胸の前ではなく胸の下、というのが涼の視線を奪いそうになって、慌てて話を戻した。


「で、なんか用か? 心配で見に来てくれただけならもういいか?」


 涼の冷たい言葉にもめげず、澪は涼の顔をじっと見つめる。


「涼、ちゃんと寝てる? 目の下真っ黒なんだけど……大丈夫なの?」

「寝てるよ、大丈夫」


 嘘だった。穂乃と会ったあの日から、涼はほとんど眠れていなかった。彼女と会ったことがストレスになったのか、家でも除菌せずには落ち着けなくなっていた。


「ほんとに?」


 心配そうに澪が顔を近付けてくると、いつかも嗅いだあの甘い桃のような香りがしてくる。理性が揺らぎかねない香りに、涼は澪から少し距離を取った。


「本当、大丈夫だから……」


 正直言って、涼は澪に合わせる顔がなかった。

 せっかく澪としてきた潔癖症の克服練習を、涼は無下にしてしまったのだ。


「それだけなら……これで、……」


 澪の顔を見ていられなくて、涼がドアを閉めようとすると。


「あら? ピンポン澪ちゃんだったの?」


 ようやく手が空いたのか涼の母が玄関に顔を出した。


「あっ! こ、こんにちは!」

「こんにちは~。涼、なんでこんなところで話してるのよ、澪ちゃん来たなら言いなさいな」

「え……」

「さ、澪ちゃん! 上がって上がって! ちょうど今パウンドケーキが焼けたところなの」


 涼の母親は澪に家に上がるよう促す。しかし澪は躊躇う様子を見せ、ちらりと涼を窺った。


「いいからいいから!」

「えっあっあのっ……、お、お邪魔しますっ?」


 涼の母親の強引なところは、涼ではどうしようもない。二人の気まずい空気など気にすることもなく、涼の母親によって澪は藤沢家に迎え入れられてしまった。


「ちょうどバナナのパウンドケーキが焼けたのよ、たくさん食べてね!」

「あ、ありがとうございますっ」


 涼の母親に促されるまま、澪はダイニングテーブルに腰を下ろす。


「涼の分もここに用意したから、二人でゆっくり食べなさい。あ、紅茶も準備しなくちゃね」

「母さん、そんな張り切らなくてもいいだろ」

「お、お構いなく!」

「なに言ってんのよ! 澪ちゃんが来てくれるの、すっごく久しぶりじゃない! こんなに大きくなっちゃって!」


 と言いながら、涼の母親は澪を上から下まで見て、その視線が胸で一度止まった。


「で? で? 涼とはどうなのよ? いくとこまでいったのかしら?」

「なっ……!」


 母親の言葉に絶句する涼の向かいで、澪が顔を真っ赤にして固まっている。


「あのなぁ、俺達はただの幼馴染だぞ」

「あら? まだそうなの? てっきり涼と皐月くんが二人で澪ちゃんを取り合ってるのかと思ってたわ」


 澪はますます顔を赤らめて俯いてしまう。

 涼は盛大にため息をついて、母親をキッチンから追い出した。


「もう父さんとどこかに出掛けてきてくれ。せっかくの休みなんだから、デートしたいとか言ってただろ?」

「そうねえ、そうしようかしら。でも涼、澪ちゃんと二人きりになるからって、澪ちゃんの嫌がるようなことはしちゃだめよ? そういうのは相手の了承が大事で、」

「なにを勝手に想像しているのか知らないが、そういうことは一切ない!」


 「そうなの……残念……」と肩を落としたパワフルすぎる母と寡黙な父を見送って、涼はまた大きなため息をついてキッチンに戻った。


「騒がしくて悪いな……」

「ううんっ! 全然! せっかく家族水入らずの連休にお邪魔しちゃってごめんね」

「別に、どこか出掛ける予定があったわけじゃないから」


 ようやくほっとひと息つきながら、涼もパウンドケーキをつつき始める。


「美味しいね、涼ママのパウンドケーキ! よくご馳走になったなぁ。あ、そうだ、もう課題終わった? 校外学習の」

「終わったよ」

「そっかぁ、まだ終わってなかったら一緒にやろうと思ったんだけど。残念」

「………………」

「………………」


 沈黙が下りる。

 涼はこれ以上澪に黙っていられなくて、正直な気持ちを吐き出した。


「澪」

「ん?」


 澪は可愛らしく小首を傾げながら、涼の言葉を待っている。いつもそうだ。澪は涼のペースを大事にしてくれていて、涼を急かすようなことはしない。今までの潔癖症の克服練習で、それを涼は有難いと思っていた。そんな優しい澪に、協力してくれていた澪に、こんなことを言うのは実に情けないことだ。



「澪、俺、……潔癖症の克服練習をやめようと思う」





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