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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第37話 オレンジ色に染まる教室


 皐月の提案により入った甘味処は、ぜんざいが有名なお店だった。メニューの中に茶そばというものがあり気になったが、迷った結果、結局抹茶あんみつを頼むことにした。


「疲れたときは甘いものにかぎるなー」

「いやお前らさっきからずっと甘いもの食べてただろ」

「まぁまぁ固いこと言うなよ、涼ちん」


 揃いも揃って甘党なのか、みな甘味を噛みしめているようだった。


「う~ん、美味しい!」と澪も涼の隣で舌鼓を打っている。その隣に座った勝山が、澪にやたらと話し掛けている。


「桜坂さんって、甘いもの結構好きなんだ?」

「うん!」

「ねえねえ、今度一緒に甘いもの食べに行かない? 駅前にクレープ屋さんあるじゃん」


 涼はその様子にまた眉根を寄せる。


(勝山は澪のことが好きなんだよな……。すごいな、あんなに積極的に行動出来て)


 涼にはとてもじゃないがそんな自信は湧いてこない。ただでさえ潔癖症の克服練習に付き合わせて、澪の時間を奪っているのだ。澪もたまには他の人と話したいかもしれない。


 しかし不快なものは不快である。好きな女の子が、自分以外の他の男子と話しているのは、見ていて気持ちのいいものではない。


「勝山~、それなに食べてんの~?」


 すると突然、心海が勝山に話しかける。涼が心海に視線をやると、やたらと下手なウインクが返ってきた。

 涼はそれをきょとんとして見つめる。


(まさか岬さんに俺が澪を好きだってこと、バレてるのか……?)


 皐月にさえ言ったことがない。涼だってつい最近自覚したばかりなのだ。そんな涼の気持ちを心海は気が付いたのだろうか。


(なんか佐久間くんにも気付かれているような気がするし、俺ってもしかして相当わかりやすのか?)


 顔に出やすいのだろうかと表情を引き締めていると、澪が涼の方に寄ってきた。


「ねえ、涼? 抹茶ちょうだい?」

「え」


 澪はそう言うといつかのように「あーんっ」と言って涼の前でその小さな口を開ける。


(こんなところでなにやってるんだ!?)


 前回の潔癖症克服練習のように二人きりの部屋ではない。クラスメイトがいる目の前である。

 涼は慌ててスプーンに抹茶を一口よそい、澪の口に入れた。

 焦りすぎて間接キスだとか嫌じゃないかとか、そんなことは考える余裕がなかった。


「うん! 抹茶も美味しい! あ、心海のも一口ちょうだーい!」


 澪はまるで気にした様子もなくあっという間に心海の方へと行ってしまった。


(……これくらい、やっぱり普通のこと、なんだよな?)


 友人間での食べ物のシェアなど、今は当たり前なのかもしれない。潔癖症の涼はそんなことも経験せずに今まで来てしまったので、そわそわと落ち着かなかった。


 心海とのシェアが終わったのか、澪はまた涼へと振り返る。

 澪はその可愛らしい大きな瞳で涼を見つめながら、小さく呟く。


「大丈夫だった……?」


 強引に貰っておきながらも、結局は涼のストレスになっていないかを確認してくれる。そんな澪の優しさに、涼は自然と笑みが零れた。


「大丈夫だよ、ありがとう」

「よかった!」


 わいわいと賑やかな時間が過ぎる。涼にとってこんなにも校外学習が楽しめたのは、人生で初めてのことだった。


(澪のおかげで少しずつ、潔癖症もよくなってきているのかもしれない……)


 隣で笑う澪にいつか想いを伝えられるよう、涼はもう少し頑張ってみようと珍しく前を向くことができたのだった。



 そんな涼にとって思い出に残る校外学習は、上野公園での点呼を経て全日程が終了となった。


 「このあとどこか寄って行かない?」と誘う勝山に対して、澪は容赦なく「行かな~い、これから女子でカフェ寄って帰るからっ」と一蹴していた。どうやら涼が心配するまでもなく、ある程度の自衛は出来そうであった。


 皐月はこれから部活があり、佐久間と二人残された涼は、駅で別れを告げた。


「じゃあ、僕こっちだから」

「ああ、またな」


 佐久間はほんのり微笑むと、涼に手を振って反対のホームへと向かった。

 佐久間は口数は少ないものの、それなりに校外学習を楽しんでいたように見える。


(こういうやつもいるんだな……)


 佐久間や心海、勝山とは初めて話した。今まで澪と皐月だけだった涼の世界が、大きく広がったような気がした。


 

 涼は一人、地元駅へと戻ってくると、小さく息をついた。

 一日中人混みを歩いていたせいか、なんだかんだ閑静な住宅街しかない地元が落ち着くものだと実感する。


 少しずつ陽が傾いて、オレンジ色の夕陽が眩しくなってきた。

 帰ったらお土産に買った人形焼きでも食べよう、なにか人形焼きに合うお茶はあるだろうかと、そんな他愛もないことを考えて歩いた。


(あんなに甘いもの食べたってのに、あいつらのこと言えないな……)


 今日の校外学習のことを思い出しながら、苦笑い混じりに歩いていると、女子高生四、五人と擦れ違った。賑やかな女子達の笑い声が涼と交差する。


 その瞬間、一人の女子生徒が涼を振り返った。


「え……? 藤沢くん……?」


 名前を呼ばれた涼は、思わず振り返る。

 そこには近所のお嬢様学校の制服を着た、見知らぬ女子の姿があった。


(誰だ……?)


 顔を見ても思い出せなかった涼は、首を傾げる。しかし女子は涼に近寄って来ると、にこにこと笑顔を向けてくる。


「わあ! 藤沢くんだよね? 久しぶり! 元気だった?」


 人懐っこく距離を詰めてくる女子に、涼は一歩、また一歩と後退る。


「なんかすごいかっこよくなったね!? その制服は、津田森に通ってるの?」

「そうだけど……えっと、悪い。誰……?」


 彼女の顔を見ても全く思い出せなかった涼は、つい正直に訊いてしまった。すると彼女は「え~私のこと忘れちゃったの? ひど~い」と芝居がかったように身体をくねらせる。



「私だよ、私! 秋月 穂乃(あきづき ほの)だよ」



 その名前を聞いた瞬間、世界の音がなにもかもなくなったような感覚に陥って、ただただ耳の奥で小さくキーンと高音が鳴り始める。


「秋、月……?」

「そうだよ、秋月 穂乃! 好きだった女の子の名前も忘れちゃった?」



 穂乃が目を細めてからかうように笑う。その笑い方が、小学生のときの彼女に重なって、涼はその場から動けなくなった。





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