第36話 浅草散策
浅草に到着した六班一行は、雷門を抜け仲見世通りへとやってきた。
連休を取っているのか、カレンダー通りだと平日だというのに人通りが多い。観光客や外国人の姿が多く目に映る。澪や心海ははしゃぎながら左右のお店をきょろきょろと見ている。
「わーっ! このねこちゃん可愛いっ!」
一際黄色い歓声を上げた澪が手にしていたのは、ちりめんで作られたような羽織を着た、小さなねこのキーホルダーだった。赤色の羽織を着たねこと、青色の羽織を着たねこがセットになっている。
「ねえ、涼! 私これ買うから、一緒にスマホに付けない?」
「え……」
澪の突然の提案に、涼は目を丸くする。
「なんで俺と? そういうのは仲の良い女子同士で付けるんじゃないのか? もしくは付き合ってる男女とか……」
言いながら最後の方は尻つぼみになってしまった。
涼と澪は幼馴染というだけで、付き合っているわけではない。しかし、涼は澪への好意を自覚している。せっかくの有難い申し出だったというのに、みすみすチャンスを逃してしまった。
涼の返答に、澪は少し拗ねたように唇を尖らせた。
「じゃあ涼は付き合ってる女の子からのお願いだったら、お揃いのストラップ付けてくれるの?」
ストラップの種類にもよると思いつつも、これ以上の失言は自分に不利になるだけだと、涼は頷いた。
「そうだな、……付けると思う」
「ふーん、そうなんだ」
なにやら含みがありそうな返答をした澪は、「澪ー! きびだんごやさんだってー!」と心海に呼ばれて、「はーい!」とさっさとそちらに行ってしまった。
涼は澪が気になっていたねこのキーホルダーを手に取る。
(澪はほんと、こういう可愛いものが好きだよな)
小さい頃からそうだ。アニマルの森もそうだが、澪は可愛いキャラクターが好きだ。
「すみません、これください」
涼はねこのちりめんキーホルダーを買うことにした。
誰にも見られていなかったと思うが、佐久間にだけは気が付かれているような気がした。
浅草寺に着くまでに、人形焼きやお煎餅、きびだんごなど、あらゆる食べ歩きをした涼達は、無事お参りを済ませることができた。
「みんなでおみくじ引こうぜ!」という班長皐月の号令のもと、涼達は各々おみくじを引いた。三十三番のおみくじ結果をもらうと、見事大吉だった。内容を丁寧に見ていく。
(願望、叶う。待人、来る早いでしょう。学問、安心して勉学せよ……。おお、大吉すごいな、いいことしか書いてないぞ)
最後に恋愛欄に目を通した涼は、その文章にやんわり眉間に皺を寄せた。
(恋愛、ためらわず告白せよ。……か)
ちらりと澪の方を窺うと、小難しい顔をしておみくじ結果を読んでいる。
(躊躇わずに告白できるやつなんているのだろうか。俺達はずっと幼馴染で、もしかしたらこの関係が壊れるかもしれないのに)
涼が澪を見ていたせいか、澪はぱっと顔を上げると、涼の方へとやってくる。
「ねえねえ、涼はおみくじどうだった?」
ひょっこりと涼のおみくじを覗こうとする澪のあまりの近さに、涼の心臓が大きく一度跳ねた。
(距離感おかしいんだよな、こいつ……)
今までだったらなんとも思わなかったことも、恋を自覚してしまうとやたらと意識してしまう。
(澪って誰にでもこうなんだろうか? 俺や皐月、女子ならまだしも、他の男子にもこんな距離で喋っていたりしないだろうな?)
特に勝山なんかの傍には行ってほしくない。そうはっきり言えればいいのだが、今の涼では難しかった。
「涼?」
「ああ、悪い」
きょとんと首を傾げる姿も実に可愛らしく、自分はもう相当やられているのだと内心ため息をついた。
涼は自分のおみくじを澪の方へと向ける。澪はその結果に目を丸くした。
「大吉!? すごっ!」
「澪は?」
「私は中吉だった! 中吉って、悪くはないよね?」
「神社やお寺にもよると思うが、真ん中くらいじゃないか?」
「普通くらいってことかなぁ……」
少し不服そうな澪は、またおみくじの内容に目を通している。
喉が渇いた涼は、鞄からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、喉を潤す。日差しが強く、大分暑くなってきた。
すると澪が急に声を上げる。
「あ! 涼、見て! 私、安産だったよ~!」
「ごふっっ……!!」
危く飲んでいた水を吹き出しそうになった涼は、それを慌てて飲み込んで、今度は気管に入ってしまった。
「げっほ! げっほっ……!!」
「涼!? 大丈夫!?」
澪は涼の背中を擦ろうとして、その手を引っ込める。
「お前がっ……、変なこと言うからだろっ……」
「え?」
瞬間目を丸くした澪はその目を細めて、涼をからかうようににやりと笑った。
「えー? 私変なことなんて言ってないけどー? もしかして涼ってば、」
そこで言葉を切った澪は、涼の耳元へと顔を寄せる。
「……私との子供、想像しちゃった?」
涼は無意識に唾を飲み込む。
「…………してない」
「え~本当に~? 涼ってばえっちなんだぁ~」
澪はむふふと笑いながら、涼をからかうような目で見ている。そんな澪を無視して、涼はおみくじ掛けに大吉を結ぶ。
「あれ!? 結んじゃっていいの? せっかく大吉なのに!」
澪は驚いたように声を上げる。
「いいんだよ。結果が良かろうが悪かろうが、おみくじは結んだ方がいい。良い結果なら、神様との縁を強く結んでくれるし、悪い結果なら悪い運気をここに置いていくことになるんだとさ」
そんな話を、どこかで聞いたことがあった。本当かどうかはわからないが、せっかく大吉だったのだ、是非ともすべて叶えてほしいところである。
(恋愛欄に関しては、俺の努力いかんによるだろうが……)
多少神様のお力も貰えるよう、結んでおくことにする。
「そうなんだ! じゃあ私も結ぼ~」
澪はそう言いながら、涼のおみくじにぴったりくっつくように自身のおみくじを結んだ。
「私のおみくじも、涼のおみくじとずっと一緒! ね?」
にこっと嬉しそうに笑顔を向けてくる澪に、涼の心臓は疲れ果てていた。
(今日の澪はなんだかおかしい。いやおかしいのは俺の方なのか?)
こんなにもドキドキさせるようなことを、今までの澪は言っていただろうか? ただ涼が気が付かなかっただけなのだろうか?
「涼くん! 澪ちゃん! あちらのお店に入ってみようって、辻堂くんが」
椿姫の声に、涼と澪は振り返る。少し離れたところにいる皐月が、涼と澪の方に手を振っている。
「まだ食べるのか……」
先程まで散々食べ歩きをしていたというのに、今度はどうやら甘味処に入ることにしたらしい。
「行こ! 涼」
「行きましょう!」
澪と椿姫に先導され、涼はその後を追った。




