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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第34話 届かない手


「おっし! 六班、全員集合だな! 先生に点呼の報告してくる! 澪! ついてきてくれ!」


 急に名指しされた澪は、驚いたように目を丸くする。


「えっ! なんで私!?」

「なんでもいいじゃんか! 一緒に来てくれよ」

「えー、皐月くん一人で行けばいいじゃん」

「はあー? そんな冷たく断るなよ」


 澪と皐月のやりとりをはらはら見ていた椿姫が、おずおずと手を挙げる。


「辻堂くん、私で良ければご一緒しましょうか?」

「お! マジ!? サンキュー北白河さん! やっぱ北白河さん超優しいな! 今度からつばきちって呼ぶわ!」

「つ、つばき、ち……」


 皐月の言葉に戸惑いながらも、椿姫は皐月と一緒に餅月先生の元へと向かった。


「さっきの皐月くん、あれなに?」


 澪が不思議そうに涼に尋ねてくる。


「さあ……?」


 涼も首を捻りながらも、もしかしてと思う。


(もしかして皐月も、勝山が澪のこと狙ってるのを知っているのか……?)


 皐月は交友関係が広いので情報が早いというのもあるが、人の感情の機微に聡い。もしかしたら勝山の視線や涼の警戒の色を見て、澪を勝山から離そうとしたのかもしれない。


「桜坂さんって、辻堂とあんまり仲良くないの?」

「え? そんなことないけど……。一応幼馴染だし」


 「へえ! 幼馴染なんだ!」とやたら澪に話し掛けようとする勝山を見ていた涼は、また昨日の得体の知れないもやもやがくすぶっていくのを感じた。


「お待たせー! 点呼確認できたから移動していいってよ!」


 そうこうしているうちに皐月と椿姫が戻ってきて、涼たち六班の校外学習が始まった。


(なんだか、変に気を揉みそうだ……)


 涼は誰にも聞こえないように、小さくため息をついた。




 上野で美術館、博物館、資料館を堪能し、ついでにレポート用のパンフレットなどを貰った涼たちは、早々に上野探索を切り上げ、浅草へと向かう。上野から浅草まで、歩いても然程時間は掛からないようなので、お散歩がてら歩くことにした。


 勝山は事あるごとに澪に話し掛けており、澪もそれにいちいち丁寧に返答していた。


 その様子を見ていた涼の眉間には深々と皺が刻まれており、それに気が付いた椿姫が、心配そうに涼の顔を覗き込んだ。


「涼くん? 大丈夫ですか?」

「えっ……」


 椿姫の問い掛けに、涼は椿姫の方へと視線を向ける。


「校外学習、楽しくないですか?」

「あ、いやそういうわけじゃないんだが……。椿姫さんは、楽しめてるか?」

「はい! とっても楽しいです! 涼くんと同じ班になれて嬉しいです」


 椿姫としては、友人である涼と一緒で嬉しい、という意味なのだろうが、他の男子が聞いたら勘違いしてしまいそうなセリフだった。


「こんなふうにお友達と楽しく校外学習に行ったことがなかったので、すごく嬉しいんです」


 椿姫は目を細めながら、幸せそうに微笑む。


(そういえば椿姫さんは、俺達以外に友人がいないんだっけか……)


 椿姫も涼と同じで友人が少ない。椿姫なら簡単に友人ができそうなものだが、どうして今までずっと一人でいたのだろうか。

「椿姫さんなら、友人くらい簡単に作れると思うぞ」

 椿姫が優しい子であること、少し気遣い屋すぎるところもあるが、人に対して真摯に接するところ。椿姫さえ積極的になれれば、友人作りなど容易なようにも思われるのだが。


「そう、でしょうか……」


 眉を下げながら、椿姫はそう答える。どうやら椿姫本人は積極的になれないらしい。涼のときは話し掛けてくれたというのに、不思議なことである。


「まぁ、俺で良ければなんでも協力するから。いつでも言ってくれ」

「はいっ! ありがとうございます! 涼くん!」


 涼の言葉に、椿姫はまた嬉しそうに表情を綻ばせた。かと思いきや。


「ひゃぁっ……!」


 今の今まで普通に話していた椿姫が、小さな悲鳴を上げた。椿姫の身体が前に傾いていく。なにかに躓いたらしい椿姫に、涼は慌てて手を伸ばした。


「椿姫さんっ!」


 しかしその手は椿姫の腕を掴みかけ、そのまま固まってしまう。瞬間フリーズしている間に、涼の手は空を切って、椿姫の腕を掴み損ねてしまった。


「おっと。危ない」


 しかし椿姫の身体は皐月の手によって支えられた。皐月が椿姫を背後から抱きしめるような形で支えており、それをちょうど目撃してしまった心海が、「ひゃあ……少女漫画みたい……」と目をきらきらさせていた。

 涼もほっと息をつく。


「あ、ありがとうございます、辻堂くん……」

「どういたしまして」


 驚いたように目をぱちくりさせる椿姫に、皐月はイケメンスマイルを浮かべる。

 そんな二人の様子を見ながら、涼は少なからずショックを受けていた。


(やっぱり俺は、潔癖症なんだな……)


 そう痛感した。

 椿姫の腕を掴もうとした瞬間、身体が急に動かなくなった。椿姫に触れる瞬間、椿姫に汚いと思われるかもしれないという、恐怖が涼の中に生まれたのだ。


 澪との潔癖症の克服練習が順調だっただけに、涼は簡単に触れることができると思っていた。


 しかしそうではなかった。たしかにまだ人に触れる練習はできていない。それでも、相手は友人だ。助けられなかった自分が、過去に囚われ動けなくなってしまった自分が、心底情けないと思った。


「椿姫さん、ごめん……」

「え? どうして涼くんが謝るのですか? 私が勝手に躓いただけですよ?」

「いや、でも、皐月がいなかったらきっと椿姫さんは怪我をしていたと思う。俺が躊躇わなければ……。本当に、ごめん……」


 皐月がいなければきっと、椿姫は手や足を擦りむいてしまっていただろう。そんな未来もあったはずだ。助けられるのが自分だけだったとしても、涼は動けなかったのだ。


 椿姫は涼の顔に苦悩の色が滲んだのを見て、落ち着かせるように優しく微笑んだ。


「謝らないでください。涼くんはまったく悪くないです。私が一人で躓いただけなのですから。それにこの通り! 私は一切怪我をしていません。だから涼くんが落ち込むことなんてなに一つないんです」


 それでも、自分は過去に囚われたままの情けない人間なのだと、涼は眉を下げた。


「ありがとう、椿姫さん」


 涼の潔癖症について詳しくはないはずの椿姫は、それでも涼の心を大切にしようとしてくれている。それが涼にはすごく有難かった。


(椿姫さんには、いい加減話してみてもいいのかもしれないな……)


 涼は自然とそんな風に思った。

 会った時からこの子なら理解を示してくれるのではないかと思っていたが、それが少しずつ確信へと変わっていった。


「椿姫さん、少し話したいことがあって……」

「はい、なんでしょう?」


 椿姫は微笑みを浮かべながら、ほんのり首を傾げた。


「俺、実は……」


 逡巡、本当に打ち明けてもいいものか、打ち明ける必要があるのかと、そんな言葉が涼の脳内をよぎる。しかし、友人としてこれからも一緒にいたいからこそ、涼は打ち明けたいと思った。


 椿姫は涼の言葉を静かに待ってくれていた。



「……俺、潔癖症なんだ」



 椿姫がどんな反応をするのか、涼はその顔色を窺っていたのだが、椿姫は特に表情を変えずに、「そうなんですね」とだけ口にした。


「驚かない、か……」

「もしかしたらそうなのかな、とは思っていて」

「そうか」


 それもそうだろう。メッセージアプリのIDを聞かれたときも、一緒に勉強したときも、涼がやたらと除菌していたり、椿姫との距離を気にしていたのを椿姫は知っている。


「面倒に思わないか?」

「え? どうしてですか?」

「どうして、って……」

「面倒だなんて思いません。だって、涼くんは涼くんです。私は、ありのままの涼くんと仲良くなりたいのです。だから、打ち明けてくれて、ありがとうございます」


 椿姫はにこりと綺麗に笑う。その笑顔に、涼はほっと息をついた。


「ありがとう、椿姫さん。少し、面倒をかけることもあるかもしれないが」

「困ったことがあったら、いつでも言ってください! 私はいつでも涼くんの味方です!」


 力強い椿姫の言葉に、涼の表情もやっと柔らかいものへと変わった。


(俺は、本当に友人に恵まれているな……)


 班員を見回して、涼は素直にそう思った。


 澪に皐月、椿姫に、佐久間と心海。勝山のことはまだよくわからないが、きっとそこまで悪いやつではないだろう。


 そんな風に思っていると、今度は椿姫が涼の顔を不思議そうに覗き込んでくる。


「あの、涼くん?」

「なんだ? 椿姫さん」

「一つお訊きしたいのですが……」

「ああ、いいよ」


 椿姫は思い切ったように言葉を紡ぐ。


「その、涼くんの潔癖症は、いつ頃からのものなのでしょうか?」

「え? ああ、えっと、小学五年生の頃からだけど」


 涼が答えると、椿姫は驚いたように目を丸くした。


「小学……では、中学生の頃はもう潔癖症だったのですね?」

「そうだけど……?」


 椿姫の言葉の意図がわからず、涼は首を傾げる。


「そうですか……。では中学生の涼くんは、無理をして私を助けてくれたのですね」

「え……?」



 ますます不思議そうに首を傾げる涼に、椿姫はふふっと微笑んだ。




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