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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第33話 校外学習の朝


 あっという間に日々は過ぎて、校外学習の朝がやってきた。


 いつものようにスクール鞄に除菌類を詰め込み、校外学習のしおり、綺麗に畳んだブレザーを突っ込む。ついに五月になった今日は、気温が二十六度まで上がるという。今日はブレザーの出番はないかもしれない。しかし校外学習という授業の一環なので、一応制服は持ち歩かなくてはならない。集合場所は上野公園。現地集合となっており、そこで出欠の確認も行われる。


「電車に乗るの、久しぶりだな……」


 相棒の自転車を横目に見て家を出る。するとちょうど正面の家から澪が出てきた。


「涼っ! おはよっ!」

「おはよう」


 澪も今日は暑くなると判断したのか、薄ピンク色のカーディガン姿だった。鎖骨の辺りにかかるふんわりとした髪が、心地よい風に揺れる。


(なんか今日の澪、やたらと可愛くないか……?)


 最近の澪はなにやら忙しかったようで、あの日以来、潔癖症の克服練習の項目は進んでいなかった。涼個人としては、触れられるように練習したり、やたらめったら除菌しないようにと心がけたりしてはいたのだが、やはり澪がいないと怠けてしまって、除菌に頼ってしまうこともときたまあった。澪と二人きりでゆっくり話すのは、実に久しぶりのことであった。


「校外学習楽しみだねー! 仲見世通り調べてみたんだけど、どこもすっごく美味しそうなお店ばっかりで! お腹空かせておかなきゃね!」


 そうにこにこと楽しそうに涼の隣を歩く澪は、やはりいつもよりものすごく可愛く見えた。


(ああ……くそ……っ)


 涼は忙しなく動く自身の心臓を必死に落ち着かせる。


(やっぱり俺は、澪のことが好きなんだ……)


 そう思い知らされる。


(澪は俺の気持ちを知ったら、どう思うのだろうか……)


 この関係は終わってしまうのだろうか。幼馴染だと思っていた男子から向けられる恋愛感情を、澪はどう感じるのだろうか。




 世間的にはゴールデンウィーク中日とあって、電車は比較的空いていた。これから出掛けるであろうご家族やカップルが見られるが、平日の通勤ラッシュに比べれば乗車率はマシな方だろう。潔癖症克服の練習をしているとはいえ、誰かにぶつかられたり触れられたりするのは避けられるのなら避けたい。ただでさえ校外学習という普段とは違った環境に身を置かなくてはならないのだ。ストレスになるようなことはなるべく少ない方がいい。


 乗り降りの激しい乗車口は避けて、涼と澪はしばらく開くことのない反対の扉の前へと乗り込んだ。

 電車に揺られていると、涼たちと同じ制服姿の生徒が少しずつ車内に増えていく。


 勝山にはなるべく遭遇しませんようにと思いながら、入口から澪が見えないよう涼が盾になった。


 きょろきょろしている涼を不審に思ったのか、澪が小さな声で尋ねてくる。


「涼、大丈夫? 辛かったら一度降りようか?」


 澪は涼の潔癖症を心配して聞いてくれたのだろう。涼はふるふると首を横に振る。


「いや、大丈夫だ。別に除菌を気にしてるわけじゃない」

「え、そうなの?」


 澪は少し驚いたようだったが、すぐに探るような眼差しを向けてくる。


「……もしかして、誰か探してるとか?」

「え?」

「北白河さんとか……」

「どうしてそこで椿姫さんが出てくるんだ」

「だって……、ていうかいつから名前呼び? 北白河さんも涼のこと、涼くん、って呼んでるよね!?」

「まあ、なんというか成り行きで……」

「成り行きってなに?」


 澪は何故か名前呼びについてしつこく食い下がってきた。澪だって男女問わず友人は名前で呼んでいるはずなのだが、涼が呼ぶのはおかしかったのだろうか。


 なんとなく椿姫と名前で呼び合いましょう、となった話をするのは気恥ずかしかったため、涼はやんわりと話題を変える。


「そういえば椿姫さんが、澪と仲良くなりたそうだったぞ」

「え? そうなの?」

「澪を素敵な人だって言ってた」


 そう涼が話すと、澪はえへへ、と嬉しそうに頬を緩める。


「そうなんだ! 私も北白河さんともっと仲良くなりたいよ! 私も名前で呼んでみようかなっ! ……って! そんなことじゃ騙されないんだから! もしかして北白河さんと待ち合わせしてたの?」

「してない。そもそも椿姫さんは家の方角が真逆だから、路線も違うと思うぞ」


 澪が何故そんなにも椿姫を引き合いに出してくるのかはわからないが、涼ははっきりと否定した。


「へ……?」


 澪はきょとんと目を丸くして、それから急に静かになってしまった。結局何がそんなに気になっていたのかはわからないが、涼は特に気にすることもなく少し億劫な校外学習に思いを馳せた。


「……なんで北白河さんの家のこと知ってるの……? もしかしてもう、家に行ったことあるとか……?」


 澪の小さな呟きは、涼の耳に届くことはなかった。




「おーっす! 涼! 澪!」

「おはようございます」


 上野公園に到着すると、皐月と椿姫が涼と澪を出迎えた。


「おはよう皐月、と、椿姫さん」


 皐月への挨拶の流れで軽く返答しかけたが、涼は椿姫に小さくペコリと挨拶を返す。

 今日の椿姫は珍しくポニーテールだった。普段はその艶やかな黒髪をそのままなびかせているのだが、今日は気温が上がると知ってか、高く一本に結われていた。毛先は相変わらずくるんと巻かれている。風に揺れるポニーテールに、真っ白なうなじが覗く。男子がちらちらと椿姫に視線を向けているのが嫌でも目についた。


「椿姫ちゃん、ポニーテール可愛い!」

「つ、椿姫ちゃんっ!?」


 澪に突然名前で呼ばれた椿姫は、驚いて目を丸くしている。


「あ、急にごめん! 涼が名前で呼んでたのが羨ましくて。私も椿姫ちゃん、ってお名前で呼んでもいいかな?」


 澪の言葉に、椿姫は前のめりで返答する。


「ぜひ! 私も、澪ちゃん、って呼んでもいいですか?」

「もちろんっ!」


 椿姫の嬉しそうな表情に、思わず涼も微笑んでしまう。


(よかったな、椿姫さん)


 そう思っていると、椿姫が涼を振り返ってにこっと笑った。声には出していなかったはずなのだが、涼はぎこちなく微笑んでみせた。


「あー! だったらあたしも名前で呼びたいっ!」


 そう元気に現れたのは心海だった。小さな身体と、ちょこんと首元で結われたツインテールを揺らして、ぴょんと跳ねる。


「心海、おはよー!」

「こ、こ、心海ちゃんっ! ぜひ呼んでくださいっ!」


 女子たちがきゃっきゃと仲良さそうに笑い合う姿を、涼と皐月は並んで見守る。


「いいよなぁ、こういう女子の楽しそうなとこ見るの。微笑ましいよな」


 皐月のほのぼのとした言葉に、「そうだね」と涼の隣から突然声が聞こえてきて、涼の心臓は飛び上がった。


「おっ! 佐久間! はよーっす」


 涼の隣に突如姿を現したのは、佐久間だった。相変わらずぼんやりしているというか、おっとりしているというか、掴みどころのない男である。


「おはよう、辻堂くん、藤沢くん。今日はよろしく」

「……よろしく」

「おう!」


 朝から元気な班員に囲まれて、せっかくこのメンバーで行くのだから、少し打ち解けられるだろうかと、涼にしては珍しく周りの空気に飲まれてそんなポジティブなことを考えてしまった。


 しかしそんな思いもある男子の登場で、少し気を引き締めることになる。


「や~ごめんごめん。遅れた~」


 最後にやってきたのは勝山だった。寝坊したのか、髪が所々跳ねている。


(こいつ、澪に気があるんだよな……)


 涼は勝山をちらりと見やる。

 すると佐久間が、涼にしか聞こえないような小さな声でぼそりと呟いた。


「……伝えたいことがあるなら、伝えたほうがいいよ。……手遅れになる前に」

「え……?」

「藤沢くんは、なんだかタイミングを逃しそうだから」


 佐久間がなんのことを言っているのかわからなかったが、なんだかすべてを見透かされているような気がして、涼は佐久間の言葉を反芻した。


(伝えたいこと……手遅れになる前に、か……)


 それは澪のことなのか、勝山のことなのか、はたまた涼の潔癖症のことなのか。

 涼にはいまいち判断がつかなかった。





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