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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第28話 幼馴染の家


 昼食を家で取った涼は、約束通り昼過ぎに向かいの家のチャイムを押した。

 桜坂、と書かれた表札の隣のインターホンがガチャリと音を立て、すぐに玄関の扉が開いた。


「涼! いらっしゃい!」


 脚が丸見えのショートパンツに、薄手のパーカーを羽織った澪が嬉しそうに出て来る。


「お、お邪魔、します……」


 少し目のやり場に困りながら、涼は桜坂家の敷居を跨ぐ。上がり框にご丁寧にスリッパが用意されていた。


「部屋すっごく綺麗にしたよ! 消臭も除菌も完璧! 涼が快適に過ごしてくれるといいんだけど!」


 涼がなかなか上がらないので、澪はそう言ってくれた。


「ありがとう」


 涼は覚悟を決めて靴を脱いだ。


 澪の家が嫌で涼が足踏みしていたわけではないことは、澪もわかっているのだろうが、涼が落ち着ける環境であると、はっきり口にしてくれたのだろう。


(澪や、おじさんおばさんが嫌がらないなら、俺は大丈夫そうだ……)


 涼がほっとしていると、澪は階段の上を指差す。


「先に私の部屋行ってて! 場所は昔と変わってないから! 飲み物持って行くね!」


 そう言って台所の方へと消える。


 涼はゆっくりと階段を上がって、澪の部屋の前へとやってくる。『mio』と書かれた木のプレートがドアに下がっている。その扉を開けようとして、涼は動きを止めた。


「待てよ。本当に入っていいのか?」


 たしかに幼少の頃はいつも澪の部屋で遊んでいた。けれど、この歳で女子の部屋に勝手に入ってもいいものだろうか。澪が先に部屋へ行けと言ったのだから、勝手ではないのだが、幼馴染といえど躊躇われる。


「涼、なにしてんの? 入らないの?」

「うおっ」


 そこにちょうど盆を持ってきた澪が現れ、涼は思わず驚きの声を上げる。


「部屋も綺麗にしたんだよ! さ! どうぞ!」


 そう言われ、涼は考えるのをやめて澪に促されるまま部屋へと足を踏み入れた。


 澪の部屋は、薄ピンク色で統一されていた。本棚には少女漫画がたくさん並び、雑貨やコスメらしきものも飾られている。小さい頃からそこにあるベッドには、澪の大好きなゲーム、アニマルの森に登場するどうぶつのぬいぐるみがわんさか溢れていた。テレビの前にはゲーム機やそのソフトが並んでいる。変わったところもあれば、変わらないところもあって、なんだか少し懐かしさを感じた。


(なんか……、いい匂いがする……)


 甘い香りのする芳香剤でも置いているのだろうか。なんだかやたらと甘い香りがする気がした。


「ここ、嫌じゃなかったら座って!」


 部屋の中央に置かれた小さなピンクのソファを指差す澪。その目の前のローテーブルに盆を置いた。


「一応除菌スプレーとか、除菌ジェルなんかの除菌類もあるから、ここ置いておくね」

「ああ、ありがとう」


 とは言いつつも、それは必要ない気がしていた。澪が涼を汚いと思わないのなら、涼の心は除菌に頼る必要もない。


 涼が恐る恐るソファに腰掛けると、澪がその隣に「よっ」と言って座る。そのあまりの近さに、涼は慌てて距離を取ろうとするも、小さなソファだ、端に寄っても肩が触れそうな近さだった。


 白くてむちむちの太腿が嫌でも視界に入ってしまい、涼は視線を宙に逃がす。澪にばかり意識が向いていることが恥ずかしくなって、涼はテレビの前に並ぶゲームソフトのパッケージを意味もなく読み始めた。そんなふうに変にどぎまぎする心を落ち着かせていると、澪が口を開く。


「五項目も、なんなくクリアしちゃったね?」


 澪に言われて、そういえばそうだったと気が付く。澪の家に来るのは、潔癖症の克服の練習項目でもあったのだった。


「涼、もうだいぶ除菌に頼らなくなってきたんじゃない?」

「そう、かもしれない……」


 他人に触れてしまったり、他人のものに触れてしまったりして、なんだか急に落ち着かなくなって慌てて除菌していたわけだが、最近はその数もだいぶ減ってきている。澪や皐月、椿姫なら、とくに気にせず物の貸し借りができそうだと涼は思っている。


「涼! もっと自分を褒めてあげなきゃ! それってすごいことなんだよ? ついこの前まで除菌に頼りきりだったんだから!」

「まあ、そうだな……」


 澪はにこにこと涼の顔を眺めている。近すぎる澪の笑顔に、ドキドキするなという方が難しい。


「と、いうわけで! こちら、【潔癖症さよなら大作戦】、見事折り返しクリアお祝いです!」


 そう言って澪は、コーヒーと一緒に盆に乗せていた小さな白い箱を開けた。中には色とりどりの果物が乗ったフルーツタルトと、抹茶のベイクドチーズケーキが入っていた。それをてきぱきと皿の上に乗せ、涼の前に抹茶のチーズケーキが置かれた。


「涼、抹茶好きだったよね?」

「ああ、好きだけど……わざわざ買ってきてくれたのか?」

「今朝ちょっと早起きしちゃって、お散歩に行っただけだよ。たまたまケーキ屋さんの前通りかかって、美味しそうだったから!」


 澪はにこりと微笑む。


「ありがとな」

「いーえ!」

「ケーキのことだけじゃなくて、いつも俺の潔癖症の克服の手伝いしてくれてさ」


 本来なら涼が澪にお礼のケーキを買うべきだったはずだ。それなのに澪は、涼に自信をつけさせるため、わざわざ買ってきてくれたのだろう。

 澪は少し照れたように視線を外した。


「前も言ったけど、私たち、幼馴染でしょ? 私は涼と一緒にいられて嬉しいの! だからどんどん頼ってよねっ!」

「……ああ」


 涼は穏やかに微笑む。


(こんなにも協力してくれている澪のためにも、俺は潔癖症の克服を頑張らなくちゃな)


「いただきます」


 小さくつぶやいて、抹茶のベイクドチーズケーキを口に運ぶ。ぎゅっと詰まった生地が口の中に広がっていく。甘さの中にも抹茶を感じて、涼は舌鼓を打った。


「うまい」

「よかった!」


 澪も「私も食べよーっと」と言って、フルーツタルトにフォークを刺し入れた。


「ねえ、涼?」

「ん?」

「いつか一緒に甘いもの食べに行こうよ。抹茶の季節になったらきっとたくさん抹茶のスイーツも並ぶよ」

「そうだな、行こう。いつか」

「うんっ!」


 そんないつ訪れるかもわからない約束に、澪は嬉しそうに笑うのだ。涼にとってはそれが、焦らなくてもいいのだと言われているようで、心地よかった。


「ねえねえ涼?」


 やたらと話し掛けてくる澪の距離が近い気がして、涼はほんのり距離を取る。しかしその距離もすぐに埋められてしまう。座る位置はこれ以上どうにもずれることができないので、涼の身体は変に傾いていた。


「今日ちょっと暑いね? 窓開けよっか!」


 そう言って澪が立ち上がったので、涼はようやく真正面に座り直すことができた。


 「上着も脱ごっ」と言って、澪は羽織っていた薄手のパーカーをベッドに投げた。パーカーの下から出てきたキャミソールのような薄手のルームウェアに、涼は目を見張った。


「な、ちょ、澪!?」

「なに? 涼?」

「お、俺もいるんだが!?」

「え? うん?」


 普段他人を呼ばず一人で過ごす分にはそのルームウェアで全く問題ないのかもしれないが、幼馴染とはいえ、年頃の男子高校生がいるというのに、あまりに薄着すぎやしないだろうか。身体のラインがはっきりしているし、なにより大きな胸の膨らみがはっきりとわかってしまう。澪はそんな姿のまま、平然と涼の隣に戻ってきた。また肩が触れそうなほどにぴったりとくっついてくる。上から谷間が見えそうになって、涼は堪らず叫んだ。


「頼むから上着を着てくれ!」


 このままではよくない。大切な幼馴染をこれ以上やましい目で見たくなかった涼は、澪から視線を逸らす。


「どうして?」


 素直な疑問を口にする澪に、涼は仕方なく説明する。


「どうして、って……。男の前でそんな薄着でいたら危ないだろ。もっと警戒心を持てよ。おじさんおばさんが下にいるからって油断してるのかもしれないが、」

「いないよ?」

「え?」

「お母さんもお父さんも、今日はデートだから、夜遅くまで帰って来ないの」


 澪の言葉に、涼は固まった。


(は? おじさんもおばさんもいない……? それなのに俺を呼んだのか?)


 家に二人きり。しかもここは澪の部屋で、澪は無防備に薄着で涼の隣に座っている。


 涼の心がざわざわと落ち着かなくなった。





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