表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/52

第23話 図書室での勉強会➁


 昨日の雨が嘘みたいな快晴の朝。涼がいつものように玄関を出ると、向かいの家からも同じように澪が出てきた。


「「あ」」


 二人の声が重なる。涼も澪もなんとなく気まずく思いつつも顔を合わせる。


「お、おはよう、澪」

「おはよ、涼」


 涼は自転車を押しながら、澪はその横を歩きながら、並んで学校への道を歩み始める。


「……あー、昨日、大丈夫だったか?」

「ふぇっ!? 昨日!?」


 澪は何故かびくっと身体を揺らし、素っ頓狂な声を上げる。


「昨日、雨で冷えただろ? 濡れたって言ってたし」

「あ、ああ! そのことね! 全然大丈夫! 今日もいたって健康!」

「……? それはよかった」


 なんとなくいつもの澪の様子と違うように思い、首を傾げる涼。違うといえば、今朝の澪は紺色のブレザーを羽織っておらず、薄ピンク色のカーディガン姿だった。


「そういえば今日はブレザー着てないんだな? たしかに暖かいが……」


 昨日の冷たい雨とは打って変わって、今日は二十度を超える春の陽気となっている。もしかしたら二十五度近くまで上がるのではないかと、今朝の天気予報で言っていた。


「ぶ、ブレザー!? ああ! ブレザー! うん! か、鞄の中に入ってるよ!?」

「…………?」


 やはり澪の様子がおかしい。昨日の帰りはそんな違和感はなかったはずなのだが、今朝は露骨におかしい。


「……やっぱり、嫌だったか……?」

「え?」

「昨日のブレザーの交換。澪だって、本当は嫌だったんじゃないかって」


 いくら優しい澪でも、もしかしたら涼にブレザーを貸すのは嫌だったのかもしれない。不快に思ったのかもしれない。涼はそう少し不安になる。不安になると除菌に頼りたくなる。ズボンのポケットにいつも通り入っている除菌ジェルを確認するように触っていると、澪は首をぶんぶんと横に振った。


「嫌なわけないじゃん! 私は涼の匂い好きなんだから! むしろずっと着ていたいくらいに心地よくて、思い出すたびにドキドキして、温かい気持ちになって…………って!! 違う違う! 違くはないんだけどっ! えっと! とにかく! 嫌なわけないの! 涼の潔癖症克服練習はとっても順調だよっ」


 澪の言葉に、涼はほっと胸を撫で下ろす。


「そうか」

「うん! なにも心配することないよ!」


 涼自身も、昨日澪に抱いてしまった気持ちがなんなのかよくわからなかったが、たしかに思い出すとドキドキして、落ち着かなくなった。もしかしたら澪も同じような気持ちだったのかもしれない。


「あ、そうだ。今日は放課後、北白河さんと勉強会の約束をしているんだ。だから潔癖症の克服練習は、また今度手伝ってもらっていいか?」

「あ、そうなんだ。わかった、じゃあまた今度!」

「助かるよ」

「いいんだよ、涼が気楽に過ごせるのが一番だもんね!」


 澪はいつも涼にそう言ってくれる。涼の心を軽くしようと明るい言葉をくれる。涼は澪といるとなんだか自然と心が穏やかになる気がした。


「……北白河さんと、結構仲良くしてるんだね」

「仲良くしてる、というか、まだ勉強会も二回目なんだが……、まあそれなりに」

「それなり……」

「せっかく声を掛けてくれたからな。少し友人関係を広げる練習にもなるだろうし、苦にはなってないから、大丈夫だよ」


 澪がまた心配すると思いそう言ったのだが、澪は少し困ったように眉を下げた。


「……涼が無理してないなら、いいんだ。とにかく! なにかあったらすぐに報告してね!」

「わかった」


 隣を歩く澪に時たま視線を向けながら、涼は思う。


(澪はどうして、俺なんかとずっと一緒にいてくれるんだろうか……。これからもずっと、こうしていられるんだろうか……)




 金曜日の放課後。それはなんと魅力的な言葉か。土日という休みを前日に控えたわくわく感。一週間が無事に終わったのだという安堵感。金曜日の放課後が一番気が楽だ。


 しかし今日の涼には、まだやることがある。いつもなら一目散に帰宅するのだが、椿姫との勉強会の約束がある。


 涼は帰り支度を済ませると、特に椿姫に声を掛けることなく図書室へと向かった。

 椿姫は大人しいが、その美貌ゆえ目立つ。教室で話して、またなにか悪目立ちしても困る。そう思い、今日はそのまま図書室にやってきた。場所はもともと決めていたし、待っていれば椿姫もそのうちやってくるだろう。


 放課後の図書室は相変わらず賑わうこともなく、二、三人が本を読んでいるだけだった。


 涼は前回も使った窓際の奥のテーブルへとやってくると、いつものように除菌ウェットティッシュを取り出そうとして、動きを止める。


(そうだった、こういうところでの除菌も、少しずつ減らしていってるんだった)


 つい癖で流れのように除菌しようとしてしまった。

 以前に比べてだいぶ除菌の回数が減ってきており、澪との潔癖症の克服練習はかなり順調と言えた。


 涼が、よし今日は除菌せずに座ってみるか、とチャレンジしようとしたところで、図書室の扉がガラリと音を立ててスライドし、足早に椿姫がこちらにやってきた。


「藤沢くんっ、すみません! お待たせしましたっ」

「いや、全然待ってないよ。俺も今来たところだし」


 なんとなくデートの待ち合わせでのやりとりのようなことを言ってしまって、少し気まずい。しかし椿姫はそんなこと気にもしていないようで、ほっと胸を撫で下ろしていた。

「よかった」、と一息つくと、自身のスクール鞄から除菌ウェットティッシュを取り出して、てきぱきと涼の目の前の机と椅子を綺麗に拭きあげてくれた。


「今日もこれ、置いておきますね」


 そう言って椿姫は除菌ボトルを机の上に置いた。


「あ、ああ、ありがとう」

(流れるように除菌されてしまった……)


 そう思いつつも、やはり綺麗な方が気持ちはいいので、有難く使わせてもらうことにする。


「気を遣わせて悪いな……」

「全然です! 藤沢くんの気が楽な方がいいですから」


 澪といい、椿姫といい、同じようなことを言う。にこっと綺麗に笑った椿姫があまりに眩しくて涼は目を細めた。


「今日も数学を教えたらいいのか?」

「あ、はい! お願いします」


 ひとまず椿姫が解き終わるのを待つことにする。

 前回と同じように一通り解いてもらい、躓いたところを教える流れだ。涼は英語のワークを取り出し広げはじめる。今日は課題が出ていたので、待っている間にそれを終わらせておくことにしよう。

 各々しばらく黙々とワークに向かい合う。


(少し手こずったな……)


 やっとキリがよくなって顔を上げると、三十分が経過していた。

 椿姫の方はどうだろうかと横目でこっそりと窺うと、その綺麗な長い睫毛は伏せられ、小さく寝息が漏れていた。


「北白河さん……?」


 名前を呼んでも、反応はない。握られていたはずのシャープペンシルはノートの上に転がっている。


(寝ちゃったのか……?)


 今日の六限の体育の授業は、四月の頭にやったスポーツテストでできなかった、シャトルランだった。


 涼たちの通う高校では、四月の初めに丸一日を使ってスポーツ体力テストを実施する。腹筋や背筋、腕立て伏せの他、長座体前屈や反復横跳び、ハンドボール投げなど、多種目に渡って運動能力を測定していく春の行事である。しかし、シャトルランだけは、別途体育の授業で行われるのだ。二十メートルの間を何度往復できるか、という持久力を測定するものだ。それが先程Ⅾ組の体育の授業で行われたのだった。


 運動部である皐月や、スポーツが得意な澪ならば特になんてことはないのだろうが、THE文系の涼や椿姫にとってはかなりしんどい授業であった。正直言って涼だって眠い。この時間は西日が温かく背中に降り注ぐ。椿姫が寝てしまうのも無理はないだろう。


 気持ち良さそうに眠る椿姫を見て、涼もつられて欠伸が出そうになった。それを慌てて噛みころす。


(疲れているとはいえ、随分無防備だな……。男と二人きりの状況で寝るか? 普通?)


 二人きり、といってもここは図書室で学校だ。しかし椿姫ほどの美人がこうも無防備に寝顔をさらしていたら、よからぬことを考える男子もいるのではないだろうか。もちろん涼はそんなつもりは決してないが。


 起こすのも悪いと思うのだが、どうにも手持ち無沙汰になってしまった。涼はなんとはなしに図書室を眺める。先程まで二、三人の生徒が本を読んでいたと思っていたのだが、図書室内はカウンターにいる一人の図書委員を除いて、がらがらになっていた。その図書委員も仕事がなく暇なのか、手元の文庫本に熱中しているようだ。


 ふと椿姫の足元に消しゴムが落ちているのが目に入った。椿姫のものだろうか? 取ろうと手を伸ばしかけだが、このままでは椿姫の真っ暗なタイツ脚と涼の手が触れてしまうと思い、諦めた。あとで起きたら確認することにしよう。


 そんなふうに過ごしていると、隣で椿姫が「んんっ……」と小さく声を漏らした。

 目が覚めたのだろうかと顔を覗き込んでみるも、瞼はまだ伏せられたままだった。

 白く透き通った肌。目元にはほくろがある。吸い込まれてしまいそうなほど整った綺麗な寝顔だ。


(あ、やば……)


 涼は慌てて視線を逸らす。


(女子の寝顔を見ていいのはその彼氏だけだって、前に澪が言ってたな。危ない、また皐月みたいに気持ち悪がられるところだった)


 いつだったか放課後、三人で勉強をしていたときのことだ。澪がうたたねしたことがあった。それを見ていた皐月は、目を覚ました澪とばっちり目が合って、容赦なくグーパンをくらっていた。

 椿姫も涼に寝顔を見られたと知ったら、気分を害すかもしれない。勝手に寝ておいて理不尽極まりない話ではあるが、女子とはそういうものである。


 そのときまた、「んぅ……」と椿姫が小さな声を漏らす。その椿姫の様子は、なんだか寒そうに見えた。もしかしたら眠ってしまって身体が冷えたのかもしれない。


 陽も傾きつつある。先程までぽかぽかと背中に当たっていた西日は、あっという間に木々の影になってしまった。


(寒いんだろうか……)


 涼は椿姫の様子を窺う。もしかしたら椿姫の鞄の中にはブランケットが入っているかもしれない。しかし当然勝手に出すわけにもいかない。どうしたもんか、としばし思案して、涼は昨日の澪との【潔癖症さよなら大作戦】を思い出す。


(……ブレザー、北白河さんに掛けてあげたらいいんじゃないか?)


 涼はそう思い、自身のブレザーを脱ぐ。

 しかし、すぐに行動に移すことはできなかった。


(あれは澪だからできたことだ。いきなりそこまで親しくもない北白河さんに実践してみるのは、さすがにまずい、よな……)


 椿姫がいい子だというのはよくわかっている。椿姫なら、涼が潔癖症だとわかっても理解を示してくれるのではないか、拒絶しないのではないかと、少し期待してもいる。


(俺のブレザーを掛けて、汚いと罵られたら、俺はもう、一生立ち直れない気がする……)


 そんなことになれば、澪と一緒にやってきた潔癖症の克服練習がすべて水の泡である。


 椿姫が涼を汚いと罵るところなどまったく想像できないが、それでも涼は一歩踏み出せずにいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ