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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第22話 お互いの温もり


 涼はブレザーを脱ぎ、澪へと一歩、また一歩と近付く。


(俺のものを、澪は拒絶したりなんかしない)


 涼は自分に言い聞かせながら、澪の肩に自身のブレザーを掛けた。そうして次は、澪のブレザーを羽織らせてもらう。大丈夫だと思っていながらも、やはり少しの緊張感はある。


 涼は澪の様子を窺っていたのだが、その澪が見たこともないような恍惚とした表情を浮かべていて、涼は目を見張った。


「温かくて、いい匂いがする……」


 澪は羽織っているブレザーごと自身の腕を抱く。


「……落ち着く……涼の匂いだ……」


 澪の言葉に、涼の全身の血液が沸騰するみたいに熱くなった。

 そこにふわりと、甘い桃のような香りが鼻腔をくすぐる。それは涼が肩に掛けた澪のブレザーから香る匂いだった。


(これは、澪の匂い……?)


 以前も嗅いだことのある匂いだった。


 澪は涼の匂いを落ち着く、と言ってくれていたが、涼はそうは思えなかった。

 先程まで着ていたせいか、ブレザーはほんのりと温かく、澪が涼の背中から抱きしめているかのようなそんな錯覚に陥る。


(他人に触れられるって、他人に触れるって、どういう感覚なんだろう……?)


 そんな感覚、涼はとっくに忘れてしまっていた。

 幼少の頃はきっと、両親と手を繋いだり、友人とじゃれ合ったりしていたはずだ。けれど、潔癖症になってからというもの、もう何年も他人に触れていない。


 カーディガン姿の澪は、分厚いブレザーを着ているときよりも身体のラインがはっきりとしていて、当然涼よりも華奢で、女の子らしい体つきだった。


(澪って、こんなんだったっけ……?)


 細すぎるというほど細くはなく、胸やお尻、太腿など、女の子らしいところにはそれなりに柔らかそうな肉がついている。艶やかな髪に、伏せた睫毛も長く、色っぽく見えた。


(澪に触れたら、どんな感じなんだろうか……)


 涼の脳内に漠然とそんな言葉が浮かぶ。


(……澪に、触れてみたい…………)


 未だに涼のブレザーを心地よさそうに抱く澪に、涼は思わず手を伸ばしかけた。

 その時だ。



「……涼……? 澪ちんもいんのか?」



 その声に、涼と澪ははっと我に返る。

 声の方を振り返ると、そこにはユニフォーム姿の皐月が立っていた。


「皐月!?」

「皐月くん!? どうしてこんなところに!?」


 驚く涼と澪に対して、皐月はきょとんと目を丸くする。


「どうしてって、自販機に飲み物買いに来たんだよ。部活の休憩中でさ。つーか、涼と澪こそ、こんなところでなにやってんだ? ブレザー羽織りごっこか?」


 皐月の言葉に、涼と澪は自身の姿を見て、慌ててブレザーに袖を通す。


「ぶ、ブレザー羽織りごっこってなにー? 帰ろうと思ったら寒かったから鞄からブレザー取り出してさて着て帰りますか!? って場面なだけですが!?」


 澪のやたらと早口な説明に、皐月はますます不思議そうにしている。


「涼も澪も、さっきまでずっとブレザー着てたよな? 俺が教室出るときには二人ともブレザー姿だったじゃんか」

「きょっ! 教室で熱く語ってたら暑くなってブレザー脱いだんだよ! ねっ! 涼!?」

「え、ああ、うん?」


 皐月は涼と澪の顔をじーっと見つめる。


「ふーん、ま、二人が仲良いなら、いっか!」


 ほっとしたのも束の間、「つーか、涼のブレザーなんか小さくね? 澪はなんだかぶかぶかだな?」と、本当はなにもかもお見通しなのではないかという言葉が続き、涼と澪は固まった。


「じゃ、俺部活戻るから! 二人とも気を付けて帰れよー」


 涼と澪の心をかき乱すだけかき乱して、太陽のように明るいイケメンは颯爽と部活に戻っていった。


「「はあ…………」」


 涼と澪は同時に深いため息を零した。


「皐月に言ってもよかったんじゃないか?」

「だめ! これは私と涼の二人だけの秘密なんだから!」


 皐月に秘密にすることはまったくないと涼は思っているのだが、どうやら澪は頑なまでに二人の秘密にしたいらしい。


 やれやれ、とまた涼は大きくため息をついて、はたと思い出す。


「み、澪、悪い……、ブレザー……」

「あっ! 私もっ!」


 涼と澪は着ていたブレザーを脱ぎ、お互いへと返す。

 ブレザーから、お互いの温もりが伝わってくる。


 涼と澪は同時に顔を真っ赤にした。


(俺、さっきなにを考えていた……?)


 澪に触れてみたい、そう涼は思った。潔癖症の自分が、他人に触れたいなんておかしな話だ。何故そんなことを思ってしまったのかわからない。


(いや、絶対澪のせいだ)


 涼のブレザーはすっかり澪の匂いになっていて、涼はまた落ち着かない気持ちになる。

 除菌したい、という気持ちになるわけではない。澪の匂いを嗅ぐと、なんとも形容しがたいそわそわとした気持ちになるのだ。


(なんだこれ、なんでこんなふうに思うんだ……?)


 涼が自身の気持ちにもやついていると、澪が涼の顔色を窺うように尋ねてきた。


「涼、ごめんね……? 大丈夫だった?」

「え……」

「軽く羽織るだけのはずが、袖まで通しちゃったし、本当は嫌だったんじゃないかなって。無理させちゃったよね?」


 澪は不安そうに涼の顔を覗き込む。

 しかし澪の言葉に、涼は驚いてしまった。


(嫌……? そうだ、これは潔癖症の克服の練習のためにしたことだ。それなのに俺は、除菌したいとまったく思わなかったどころか、澪に触れたいとさえ思ってしまった)


 涼は自身が抱いてしまった感情に困惑する。


(俺は潔癖症だ。他人に触れたいなんて、そんなこと思うはずがないのに……)


「涼……?」


 眉間に皺を寄せ黙り込んでしまった涼に、澪はさらに不安を募らせる。そんな澪に涼は優しく返答した。


「悪い。えっと、大丈夫だったよ。澪にブレザーを触られて、嫌だとは思わなかった。澪だって、嫌じゃなかったんだよな?」

「もちろん! 私が嫌なわけないじゃん! 涼のブレザーまた着たいくらい!」


 澪の言葉に、涼は先程の澪の恍惚とした表情を思い出して、また落ち着かない気持ちになった。ドキドキと心臓がうるさい。


(澪はただ、俺に自信をつけてくれているだけだ。俺を汚いと拒絶しないと、俺にはもう除菌は必要ないと、そうただ言い聞かせてくれているだけだ。それなのに……)


 涼の心臓は忙しなく動く。


「よかった! これも大成功だねっ!」


 いつものように笑顔を浮かべる澪から、目が離せなかった。


 今の涼は、潔癖症のことなんか考えられなかった。澪のことで頭がいっぱいだったから。




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