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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第21話 憧れのシチュエーション


「今日はめちゃめちゃ大成功だったねっ」


 昇降口でローファーに履き替えながら、澪は「ふんふふん♪」と謎の鼻歌を口ずさんでいる。


(なんで澪がそんなに嬉しそうなんだか……)


 そう思いながらも、涼はそんな澪を見ているのが嫌いではなかった。自分のことのように喜んでもらえるのは、なんだかくすぐったくもあるが、涼だって嬉しくないわけがないのだ。


「くしゅっ!」


 急に鼻歌が途切れたかと思うと、澪が小さくくしゃみをした。涼は呆れたように浅くため息をつく。


「さっき雨に濡れたから、身体を冷やしたんじゃないか?」


 言わんこっちゃない、とじとっと澪を見つめると、澪は「えへへ」と頭を掻く。


「なんだか肌寒くなってきたよね。雨のせいかなぁ……。……あ!! そうだっ!!」


 澪の突然の大声に、涼の身体が反射的にびくっと跳ねた。


「なんだよ、急に大声出して」

「ごめんごめん! 今日はさ、【潔癖症さよなら大作戦】、すっごくうまくいったじゃない?」

「まあ、おかげさまで」

「思い切って、次の項目、やってみない?」

「次の項目?」

「うんっ!」


 澪のいきなりの提案に驚きつつも、涼は【潔癖症さよなら大作戦】、四つ目の項目を思い出そうと記憶を辿る。涼が、次はなんだっけ……?、と思っている間に、澪はすらすらと四つ目の項目を口に出す。



「【潔癖症さよなら大作戦】、四つ目の克服練習項目は、

・他人にブレザーを貸す

だよ!」



「ああ、そういえばそんなんだったな」


 涼は澪から克服項目をもらったときにも疑問に思っていたことを、ようやく口にした。


「その項目のことなんだが、他人にブレザーを貸す、なんて、一般人はよくやることなのか?」


 涼にはうまく想像できなかったのだが、この高校に通う生徒なら誰しも着用しているであろう紺のブレザーを、他人に貸す状況とは、一体どういう状況なのだろうか? 女子がスカートの貸し借りをしているところは見たことがあるのだが。

 スカートの貸し借りもおかしな話だが、大体の女子生徒は膝下丈のスカートを切ってしまっているので、コンクールや大会などのある程度正装が必要なときには長いスカートが必要になるらしい。そうして貸し借りしている現場を、涼は見たことがあった。


 しかしブレザーは違う。まさか袖が長いから切る、なんて生徒はいないだろうから、みな同じブレザーを持っているはずだった。


(他人にブレザーを貸す、ってなんだ……?)


 涼の中にまた同じ疑問がぐるぐるとし出したところで、澪が意気揚々と説明をはじめる。


「涼、甘いね……。こんなことも想像できないなんて……」

「はあ……?」

「この課題はね! 女の子のロマンなのです!」


 澪は目を輝かせながら生き生きと語りはじめる。


「例えばだよ? 例えば、ブレザーを教室に置いたまま、昇降口の自販機に来たとする。自販機は昇降口から風が入ってきて少し冷える。ああ、ちゃんとブレザー着てくるんだった……そう後悔する私。そこに颯爽と現れるイケメンが、「風邪引くだろ、俺のブレザー羽織っとけよ」、と自分のブレザーを脱ぎ、私の肩に優しく掛けてくれるのであった。ああ、暖かい……。これだよ!」

「なるほど……?」


 まったくわからん、と思いつつもとりあえず頷いておく涼。


 颯爽と現れるイケメンって誰だよ……?、とまた疑問が生まれるが、澪のことだ、多分なにかの少女漫画に影響されてそんな話をしたのだろうと思う。


「皐月にでもやってもらったらどうだ? あいつイケメンだろ?」


 涼の提案に澪は腕で大きくバツ印を作る。


「皐月くんは無理! たしかに顔は整ってる方かもしれないけど、顔だけじゃなくて、内面や行動のイケメンさも大事なの!」

「さいで」


 「澪ひでぇ……」と泣いている皐月を想像して、少し笑ってしまった。


「そういうことなので!」

「どういうことだ」

「私は今ちょうど肌寒いので、涼のブレザーを羽織らせて!」

「いや、俺も肌寒いんだが……」

「ブレザーも直接肌に触れるものじゃないけど、この時期は結構着てるものでしょ? 座席に続いて間接的シリーズ第二弾としてはどうかな? って項目に入れてみた次第!」


 ほぼ澪のやってみたいシチュエーションという私利私欲なような気もするのだが、まあ何事もやってみるにこしたことはない。椅子よりもたしかに触れる面積は大きいのもたしかだ。


「他人にブレザーを貸す、ということは俺は澪にブレザーを貸せばいいのか?」

「そうなるね」

「本当に俺でいいのか……?」

「え……? なんで?」

「なんでって……」


 先程自身で話していたことを忘れたのだろうか。澪は颯爽と現れたイケメンにブレザーを貸してほしいと言っていた。涼との潔癖症の克服項目で憧れのシチュエーションを使ってしまってもいいのか、という意味で訊いたのだが。


「ささ、涼。私の肩にブレザー掛けてみてよ」


 澪は手際よく持っていたレジャーシートを取り出して敷き、そこに鞄を置いた。涼も倣って隣に置かせてもらう。


 そうして涼の目の前で堂々と自分のブレザーを脱ぎだす澪。紺色のブレザーの下から、薄ピンク色のカーディガンが顕わになる。しかし顕わになったのは、カーディガンだけではなかった。涼の目の前で揺れるたわわに実った二つの膨らみが、涼の視線を釘付けにする。涼は慌てて頭を振り、視線を逸らした。


「あのなぁ、カーディガンを着ているからといって、男の前で簡単に脱ぐなよ」

「え?」


 きょとんと可愛らしく小首を傾げた澪は、照れたように視線を逸らす涼と、自身の身体を見て、にまーっと嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「涼ってば、私の身体にドキッとしちゃったんだ?」

「……してない」

「ええー? ほんとかなぁー?」

「風邪引くからさっさとやるぞ」


 澪は少し不満そうに唇を尖らせてから、「はーい」と渋々引き下がってくれた。


「はあ……」


(なんだか余計に疲れた……)


 ため息を一つついてから、涼は意識を潔癖症の克服へと戻す。

 三つの項目をなんなくクリアした涼にとっては、この項目もクリアした項目と然程変わらないと思っている。


(大丈夫、できるはずだ)


 涼の根底にあるのは、他人から汚いと思われるかもしれない、という恐怖だ。

 相手が澪なら、そんな恐怖心は湧いてこない、……はずだ。


「ついでだし、涼は私のブレザー羽織っておく?」

「え……」

「カーディガンだけじゃ寒いでしょ? 涼が嫌じゃなければ、だけど……」


(俺が、澪のブレザーを……)


 涼はなにか小難しく考える前に、すぐに返答した。


「わかった。それでやってみよう」


(俺はきっと、相手がどう思うか難しく考えすぎなんだ。澪だって嫌なら嫌だとはっきり言ってくれるはずだ。ポジティブな思考で、だよな。どう感じるかはひとまず置いておいて、とりあえずやってみよう)


 とりあえずやってみる。そう考えられるようになったのも、澪のおかげかもしれない。ポジティブな思考で、気楽に潔癖症の克服に取り組む。涼にはそれができるようになってきたのだ。涼としてはかなりの進歩だと言える。


「うん! じゃあ、まずは私にブレザーを貸して」

「ああ」




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