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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第17話 心の支え


「じゃ、ちょっくら今日もやっとく?」


 放課後、皐月のような謎の軽いノリで、澪が涼の座席へとやってきた。


「ていうか、澪は部活大丈夫なのか? たしか部活に入ってたよな? 家庭科部……みたいな名前の……」


 涼がうろ覚えで部活名を口にすると、「ああ! お菓子作り部ね!」と澪が訂正する。


「それは大丈夫! 毎日活動する部活じゃないから。適当に集まって、適当になにか作ってお喋りする~みたいな部活だから!」

「それ、本当に部活動なのか?」


 運動部や音楽部は日夜大会やコンクールに向けて励んでいるというのに、そんな部活承認されるのだろうか。


「れっきとした部活だよ! 人数もそれなりにいるし、去年の文化祭で売ったクッキーなんて結構評判よかったんだから!」

「ふーん」

「今度絶対美味しいお菓子作って、涼に食べさせてやる!」

「期待してるよ」


 今度、がいつ来るのかは、きっと今後の涼の取り組み次第だろう。まずは目の前の課題を涼がクリアしないことには始まらない。


 教室からクラスメイトがはけるのを待って、澪は涼の前の席へと腰を下ろした。なんのためらいもなく、当たり前のように。


 そうして澪は明るく高らかに宣言する。


「今日は【潔癖症さよなら大作戦】二つ目の項目、

・他人のシャーペン、ノートに触れる

をやってみよっか!」


「……ああ」


 今日からはついに直にものに触れて慣れていく練習だ。除菌せずに触れるものを増やすには、とにかく慣れるしかない。


「涼、固くなりすぎ! 気楽に気楽に!」


 涼の肩が強張っているのを見て、澪は涼の不安を和らげるようにへにゃっと笑う。

 澪のこういうところを、涼はすごく尊敬している。澪はいつだって明るく涼の背中を押す。涼の不安な気持ちを明るい方へと引っ張っていってくれる。


(澪が人気者なのはきっと、みんなこういう明るいところに惹かれるからなんだろうなぁ……)


 きっとこの明るさと優しさは、涼の前だけではない。誰に対してもこうなのだろう。

 涼は自分が澪の特別だと思っているわけでは決してないが、今だけは、その澪の明るさに頼らせてもらうことにする。


 涼は深く息を吐き出すと、澪に向き直る。


「よし、やろう」

「うん!」


 涼の言葉を合図に、澪は自分の鞄からノートとペンケースを取り出した。そのペンケースの中から可愛らしいピンクのシャープペンシルを取り出す。そうして澪はそれを涼へと差し出した。


「涼、触れるかな……?」


 桜坂 澪、と書かれた世界史のノートとピンクのシャープペンシルが涼の目の前にある。


(そうだ、自分がどう思うかを大切にしなくちゃいけない。それをポジティブな思考で、だったよな)


 涼は差し出されたそれらをしばらく見つめていた。


(別に俺は他人を汚いなんて思っていない。そもそも澪が汚いわけない。だけど、俺はどうだ?澪は俺にものを触られて、嫌だと思わないだろうか……? 俺が触ったものを、汚いと思わないだろうか……)


 一度そう思い始めると、どうしても触れることを躊躇ってしまう。


(澪に嫌がられたら、俺は……)


 涼が暗い思考に囚われそうになっていると、その思考を遮るように澪が優しく言葉を紡いだ。


「涼、私は涼が汚いなんて絶対思わないよ」

「え……」

「前も言ったけど、涼は難しく考えすぎなんだよ。大抵の人は涼のことを汚いと思ってないし、言い方はあれだけど、そこまで涼に興味ないと思う!」


 澪の言葉に、涼は目を丸くする。

 その反応をどう思ったのか、澪は慌てて言葉を付け足した。


「あ、えっと違うよ? 涼に興味ないっていうのは、嫌ってるとかそういう意味じゃなくて、えっと……関心がないっていうか、それ同じ意味か!? えっと……!」


 澪の慌てようがなんだかおかしくて、涼は吹き出してしまった。


「澪、わかってる。大丈夫だよ」


 澪が言いたいのは、涼が思っているほど、他人は涼を汚いなんて思わない、ということだ。澪なりに必死に伝えようとしてくれたのだろう。

 澪のおかげで昨日のように苦しくなることもなく、彼女の囁き声が聞こえてくることもなかった。


(大丈夫。澪の言葉だけを心に留めておけばいい)


 涼は難しく考えることなく、差し出された澪のノートとシャープペンシルを受け取った。


(他人のものに触れて、俺が嫌なんじゃない。他人が俺に触れられて嫌だと思われることが、嫌だったんだ)


 涼はそう痛感する。


 だってやはり、澪のノートに触れたところで、涼は嫌だとはまるで感じなかったのだから。

 涼は何気なく、受け取った澪の世界史のノートをぱらぱらと捲った。綺麗に板書が写されてはいたが、ところどころにうさぎやらくまやらのキャラクターが描かれていた。その絵があまりに拙くて、それがまたなんだか愛しくて、涼は笑ってしまった。


「りょ、涼!? どうしたの!? 触るのが嫌すぎて、感情おかしくなっちゃった!?」


 澪は慌てて涼の顔を覗き込む。涼は首を左右に振る。


「そうじゃない。澪の描いた絵が、なんか独特でおかしくて……」

「ちょっと!? 下手だって言いたいの!? 勝手に見ておいて酷いよ、涼っ!」

「悪い」


 「もうっ!」と頬を膨らませる澪だが、本気で怒っているわけではないことは涼もわかっている。


「澪、ノートありがとう」

「え、あ、うん……」


 澪は涼から受け取ったノートとシャープペンシルを鞄にしまいながら、上目遣いで涼を窺う。涼もまた、澪がなんの躊躇いもなく涼が触ったものをしまうところを見ていた。そうしてまた、やっぱり大丈夫だ、そう思った。


「えっと、それで、」

「大丈夫だったよ」

「え……?」

「澪のノートに触っても、除菌したいって思わなかった」


 つい先日まで、他人のものに触れてしまうと、どうしても落ち着かなくなって、すぐにでも除菌したい衝動に駆られていたのだが、今日はそうは思わなかった。それが何故なのか。涼には痛いほどわかっていた。


 涼の言葉に、澪は夕陽にも負けない明るい笑顔を浮かべた。


「ね! 言った通りだったでしょっ! 涼は汚くなんかないっ! 潔癖症の克服だって、絶対にうまくいく! だってこの美少女澪ちゃんがついてるんだから!」


 澪は自信満々に腰に手を当て、胸を張った。


(俺もそう思うよ。澪がいればきっとこれからも、潔癖症の克服はうまくいく)


 直接ものに触れたというのに、昨日とは大違いだった。こんなにも心は落ち着いていて、目の前で笑う澪の笑顔に涼の心は温かくなった。



【潔癖症さよなら大作戦】、二つ目の項目クリア。


 誰にでもできるこんな些細な一歩が、涼の自信に繋がっていくのだ。





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