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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第16話 少しの自信


 帰宅した涼は、いつものルーティン通り風呂に入り、自室のベッドに背中を預けた。


「できたのか、俺……」


 除菌せずに他人の席に座る、なんて、誰だってできることだ。

 しかしそんなことが涼には難しく、今までできないことだったのだ。それが澪の力を借りて、できるようになった。


(相手が澪だからってのもあるだろうが、まあ、なんとかやっていけそうな気がするな……)


 潔癖症を克服するには、まだまだ取り組まなくてはならない項目が九つもある。それにそれがクリアできたとしても、まだきっと、するべきことはあるのだろう。


「先は長そうだな……」


 とは言いつつも、涼は少し【潔癖症さよなら大作戦】が楽しみになってきていた。


(もしかしたら俺は、変われるかもしれない。もう、過去に縛られずに今を楽しめるようになるかもしれない)


「ま、気楽にやるかな」


 それが潔癖症克服のために必要なことでもある。気負わず、ポジティブな思考で。

 涼は机の上の文庫本を手に取ると、ゆっくりとページを捲り始めた。




 朝というものはとくになんの理由もなく、億劫というか憂鬱な気持ちになる。それは時間に追われているからなのか、今日一日の気苦労を思ってなのかはわからない。


 少女漫画の元気なヒロインみたいに、「よーし! 今日も一日頑張るぞー!」なんて爽やかな気持ちになれない涼は、もしかしたらかなりの低血圧なのかもしれない。

 カーテンを開ければ、今日も太陽が眩しい光とともに元気に挨拶してくる。暖かくて心地よくてまたベッドに戻りたくなった。


 いつもと同じように朝のルーティンを終え、涼は自転車に跨った。


 心地よい春の風が頬を撫でる。三月はやたらと暖かかったり、急に寒かったりと三寒四温にしては激しい気候の乱れがあったが、四月になってやっと落ち着き平年並みの気温がやってきた。


 学校まであと五分というところに、個人経営の花屋がある。自宅の一角を花屋としているらしいそこには、実に春らしく色鮮やかな花々が並んでいた。


 花に目を奪われていると、目の前に花よりも凛とした女子生徒が目に入った。背筋はぴんと伸びていて、艶やかな黒髪は毛先がくるんと巻かれている。品のある所作とその美貌に誰しもが振り返る。


「北白河さん」


 涼は自転車を下り、椿姫の隣に並ぶ。

 椿姫はぱっと振り返り、涼を認めると嬉しそうに顔を綻ばせた。


「藤沢くん、おはようございます」

「おはよう」


 声を掛けてしまってから、涼ははっとする。


(俺、なんで北白河さんに声掛けちゃったんだろ……)


 一度一緒に勉強会をしただけの仲だというのに、馴れ馴れしすぎやしないだろうか。昨日、潔癖症克服大作戦その一つ目の項目が克服できたことに、もしかしたら思ったよりも浮かれているのかもしれなかった。


 涼が軽率に声を掛けてしまったことを後悔しはじめていると、椿姫は嬉しそうに微笑む。


「びっくりしました、まさか声を掛けてもらえるなんて思わなかったから」

「あー、うん、急にごめん……」

「いえ! すっごく嬉しかったんです! こんなふうに声を掛けてくれる人っていなかったから……。私を見つけて、声を掛けてもらえることが、こんなにも嬉しいなんて知りませんでした」


 椿姫の女神のような笑顔に、涼の胸が何故か不規則なリズムを刻みはじめる。


(なるほど……これはたしかに……)


 こんな笑顔を向けられたら、大抵の男子は椿姫のことを好きになってしまうだろう。


(皐月の話は、本当だったんだな……)


 椿姫が入学当初にかなりの数の男子から告白されていたという話を思い出し、涼は頷いた。


「それなら、よかったよ」


 自分なんかが声を掛けただけで、こんなにも喜んでもらえると思っていなかった涼は、ほっと胸を撫で下ろした。


「あの、藤沢くん」

「ん?」

「次の勉強会のことなんですが……」

「ああ、日程決まってたっけ?」

「あ、いえ、まだです」

「俺はいつでも大丈夫だから、北白河さんの都合のいい日で」


 そう答えると、椿姫は「金曜日の放課後は空いていますか?」と控えめに尋ねてくる。涼は部活にも委員会にも所属していないので、当然空いていた。


「空いてるよ」

「では、また金曜日の放課後、図書室で!」

「わかった」


 椿姫はなにがそんなに嬉しいのか、終始にこにことしていた。

 涼は駐輪場に自転車を止めるため、校門で椿姫と別れた。先に校舎に向かった椿姫は相変わらず礼儀正しくペコリとお辞儀していた。涼はそれに軽く手を振り、グラウンド側の駐輪場へ向かう。


 自転車を止めながら涼は、先程の椿姫の笑顔を思い出していた。


(どうしてあんなお嬢様みたいな子が、こんな平凡な公立高校に通っているんだろうか。もっといい学校に通っていそうなものだが。この前一緒に勉強した限りでは、飲み込みも解くのも早かったし、成績も良さそうだよな。もっと偏差値のいい学校を狙えたんじゃないか?)


 などと勝手に憶測してしまったが、きっと椿姫にも椿姫なりの事情があるのだろう。もしかしたらお嬢様に見えて、本当はただの礼儀正しい品の良い一般家庭育ちかもしれない。


 涼も潔癖症についてはほとんどの人に話せていない。誰にだって秘密の一つや二つあるだろう。


(秘密といえば、今日の放課後はやるのだろうか……)


 澪との二人きりの秘密を思い出して、涼は放課後に想いを馳せる。


「ま、今日もやれるだけやってみるか」


 校舎に入ろうとすると生温い風が吹き抜けて、学校の裏の干潟の少し生臭い匂いがした。





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