第13話 潔癖症を克服するには
「それで、克服って言ったって、一体なにをしたらいいんだ?」
潔癖症を克服するには、具体的になにをしたらいいのか、涼には皆目見当もつかなかった。
そんな涼を安心させるかのように、澪は自信満々にどやっと大きな胸を張ってみせる。
「ふふんっ! それもばっちり調べてあるよん!」
澪は不敵に笑うと、どこからともなく取り出したノートを広げる。しかしその内容を読み上げようとして、澪の動きがぴたりと止まった。
「えっと……。涼、本当にいいんだよね?」
「ああ」
「ちょっと嫌なことも思い出させちゃうかもしれないんだけど……」
「構わないよ。潔癖症の克服には、必要なことなんだろ?」
「うん……」
「ならやろう」
「わかった……!」
澪は気を取りなおしてノートを読み上げる。
「潔癖症を克服するには、①認知行動療法、➁触れられるものを少しずつ増やす、が有効なんだって」
「認知行動……なんだって……?」
聞き馴れない単語に、涼は首を傾げる。
「認知行動療法ね。ストレスを軽減する心理療法なんだって。ものの受け取り方や考え方を、難しく考えずに楽に考えるって感じ。簡単に言うと、行動や考え方を意識的にポジティブな方に変えていくってことかな。例えば、体育の授業でスライディングして泥だらけになっちゃったとする。きっと普通なら『うわっ汚い! 早く汚れを落としたい! 着替えたい!』って思うと思うんだけど、それを『汚れちゃったけど、今日の自分の動きはすごくよかったな! この汚れは頑張った証だ!』みたいに、考えを明るい方に変えるの」
「なるほど……」
「それを潔癖症の涼に当てはめるとすると、『他人のものを触ってしまった・他人に触れてしまった=嫌なことだ・最悪!』と思うんじゃなくて、『触ってしまった、けど別に汚いものでもないし、そもそも相手も自分を汚い、なんて思ってない』んだって思考にシフトしていくの。そもそも涼は、他人が汚いとか、他人のものが汚いって思っているわけじゃないんじゃないかな?」
『他人や他人のものを汚いと思っているわけではない』
たしかに澪の言う通りかもしれない。
潔癖症といっても、その症状は実に人によってさまざまである。
なにか汚いものを触ってしまって、なにもかも汚いものだと思い込む人もいる。
しかし涼は別に、他人を汚いと思って除菌しているわけではない。
寧ろ、『自分自身を汚い』と思っているからこそ、身の回りを除菌したくなるし、自分の触れたものが他人に嫌がられるのではないかという恐怖から、除菌しなくては落ち着かないようになってしまったのだ。
『藤沢くん、汚い! 触らないで!!』
涼の脳内に、小学生の頃の記憶がちらつく。
夕陽の差し込む教室、校庭から聞こえるサッカー部の声援、くすくすと嘲笑う女子達の耳障りな声。
「涼?」
澪の声にはっと我に返る涼。澪は心配そうに涼の顔色を窺っていた。
「涼、大丈夫?」
「あ、ああ、……大丈夫だ」
顔色が真っ青な涼を心配するように、「ちょっと休憩しよっか! お茶でも飲んでさ。あ、私アニ森のイベントやらなきゃいけないしっ!」と澪はスマホでゲームアプリを開く。
澪は小さい頃から変わらない。その変わらない澪の優しさと明るさが、涼にとっては少なからず救いになっていた。
(昔のことを思い出して、いちいちこんなんじゃだめだよな……)
涼は胃のむかつきを無視するように、顔を上げる。
「澪、心配掛けて悪い。続きを聞かせてくれ」
心配そうに眉を下げていた澪は、涼の決意をみるや「わかった」とまたノートを広げた。
「涼は、他人を汚いと思っていないから、他の潔癖症の人よりも、改善は難しくないと思うんだ。①ポジティブな思考を取り入れつつ、➁触れられるものを少しずつ増やす、って練習をしていけば、潔癖症は大分よくなると思う!」
澪の考えに、涼は少しじーんとしてしまった。
(俺のために、こんなに考えてくれてたんだな……)
自分が潔癖症というわけではないというのに、どんなことが嫌で、どんなことを不快に思うか、きっとたくさん想像しながら、涼のことを想いながら調べてくれたのだろう。難しい心理療法なんかも、きっと四苦八苦しながらわかりやすくまとめてくれたに違いない。
澪が机の前でパソコンに向き合いながらうんうん唸っている姿を想像して、涼はなんだか心が温かくなった。
「澪、ありがとう」
涼の突然の感謝の言葉に、澪は顔を真っ赤にする。
「え!? いや全然! 私も気になって調べただけだからっ」
「それでも、澪が協力してくれるのは心強いよ」
「…………だって、涼がいつまでも恋に前向きになってくれないのは、私が困るもん…………」
「……?」
澪は照れくさそうになにかもごもごと言っていたが、涼にはよく聞き取れなかった。




