捨て犬7
わたしがここに連れて来られて三日目、だいぶ体の調子が良くなった。
とても体が軽い。
フッフールがごはんを持ってきてくれて、そこでお昼過ぎなんだと気が付いた。
トイレに行きたいと言ったら、案内をしてくれる。
部屋から出ると、狭い廊下とその先にあるリビング。
建物は古い。
道具類がこまごまと置いてあって生活感がある。
別荘という訳では無く、ここに住んでいるのだと分かる。
賢者様はエライ人らしいけど、何でこんなオンボロな小屋に住んでるのだろう?
トイレは建物の一番すみっこだ。
ドアを開けると……奇妙な形のトイレがそこにあった。
ソレは全体的に丸っこい形をしていて正面にはタンクのようなものが付いている。
フッフールはふたを開け、そこに座ると教えてくれる。
「用を足したら、ここをひねる」
水がジャーと流れ、しばらくして止まった。
「トイレの魔道具?」
フッフールが首を横に振る。
「違う、電気」
「でんき……」
仕組みは分からないけど、魔導具では無いらしい。
トイレを済ませて出るとフッフールが待っていてくれた。
「手を洗って」
フッフールは無表情でそう言った。
***
ごはんを食べに部屋に戻る。
ロールパンに野菜とベーコンを挟んだサンドイッチだ。
一口かじると、口の中に野菜とパンの甘味とベーコンの香りと塩味が広がる。
これも、とても美味しい……。
今更ながら気になったけど、賢者様がごはんを作ってる?
自分の事を世界で一番エライと言っていたけど、賢者ってどんな身分の人なんだろう?
お貴族様よりエライのかな? 王様よりエライという事は無いと思うけど。
この小屋に住んでいるのは、気配から三人。
隣の部屋からは、ええと……マシィだっけ、あの少年の気配がする。
賢者様の気配はなかった、お出かけしてるのか、お仕事かな?
カラダが治るまで居させて貰えそうな話だったけど……。
ていねいに手当てしてもらったのと、獣人の体力ですっかり治った。
もう治ってしまった、出て行かないといけないのかな。
行先は助けてくれるって言ってたけど……。
フッフールがドアを開け、その音で考えが途中で止まる。
「少し外の空気を吸った方がいい」
そう言って、手を引っ張られた。
フッフールは背が高く、美人さんで無表情だから少し怖く感じる。
そのせいで、外に出るのに緊張してしまう。
連れられるままドアをくぐると、目の前には森が広がっていた。
部屋にいた時にも木の音や匂いは感じていたけど、こんな山奥だったんだ。
「フッフール……ここ、どこなの?」
「カイル山脈よ」
フッフールはさらっと答えてくれたが……え? どこ⁇
「グランディル公国の山間部よ、標高は大体一八〇〇米、この向こう、一〇粁先に境界線があるわ」
わたしが分かっていない事に気付いたみたいで、ていねいに言い直してくれる。
「公国……ここはヴァーサターム王国じゃないの?」
言った後で、ハッと気付く。
ここは外国なんだ。
わたしが別の国から来たと知られたら、送り返されちゃう!
言ってしまった事に焦っていると、フッフールがアタマをなでて来る。
「フォルはここに居ていい……」
フッフールは言葉も表情も無感情で何を考えてるのか、見た目ではわからない。
だけどアタマに添えられた手は優しく、わたしの安心させようとしているのだと感じた。
「少し歩く、運動した方がいい」
わたしのアタマから手を放すと、フッフールはスタスタと歩き始めた。
その後について行く。
地面が平らなのは小屋の周りだけで、少し奥に入っただけで傾きがすごい。
足がめり込む柔らかさに加えて、木の根が張りだしてる部分もある。
すごく歩きにくい。
フッフールは軽やかに歩いて行き、少し先で待っていてくれている。
少し歩いただけなのに息が切れる。
かなり筋力が落ちている、こんなに弱ってたんだ。
「おいおい、病み上がりに登山させんなよ……」
後ろを振り向くと。呆れた顔をした賢者様が立っていた。
「お帰り……」
フッフールは悪びれる様子もなく答える。
賢者様は手に持っていた杖を背嚢に括り付けると、わたしを抱き上げた。
お出かけから帰ってきたんだ、って境界線付近の山に入ってた?
「まったく君は……、シャワー使うから湯を沸かしてくれ」
賢者様はフッフールにそう言うと、わたしを抱きかかえたまま、軽やかに斜面を歩く。
「賢者様は境界線のほうに行ってたんですか?」
素直に思ったことを聞いてみる。
「ああ、いくつか目的の場所が決めてあってな……境界線沿いに異変が無いかチェックしながら目的地で薬草を摘んでくるんだ」
小屋に到着すると、賢者様はわたしをベンチに座らせ、言葉を続ける。
「君はモナーク辺境伯領から来たんだろ? あの土地も境界線に接してるから、それがどんなものかは知ってると思うが、ここいらは瘴気が濃くてな……」
わたしが隣国にいた事はとっくにバレてるようだ。
それにしても……。
『境界線』
その向こうは瘴気が強く『魔境』と呼ばれていて、人類が住めない土地だと聞いたことが有る。
人類とされている、ヒト族エルフ族ノーム族トロル族、そして獣人族が持つ魔力が瘴気にやられてしまうって話だったと思う。
そして魔物は瘴気から生まれると言われている。
大昔に魔物の大群が魔境から押し寄せ、勇者と呼ばれる人が救ったって。
その時の勇者が統馭の女神に力を借り、魔物の侵入を防ぐ為に作ったのが境界線だ。
確かそんな話だったと思う。
だけど境界線は完全に魔物を防ぐことは出来ない。
モナーク辺境伯領では侵入してきた魔物を駆除して、そこから採れる魔石や魔法の素材で大儲けしてるって。
だけど、それは冒険者や騎士が沢山そろってやってる事だ。
賢者様はたった一人で、そんなところに行ってたの?
「怖く……危なく、ないんですか?」
わたしは絞り出すように言葉を紡ぐ。
賢者様はわたしの手を取ると、手の平に亜麻袋を乗せる。
開けてみると……魔石がいくつか入っていた。
これはつまり、魔物と遭遇して戦ったって事だ。
「おれは意外と強いんだぜ、ある程度は魔物と戦えるよ……手に負えないのが出たら、そこから逃げて城下に知らせるがな」
賢者様は境界線がある森の方に目を向ける。
賢者様は、聖女様にしか使えないはずの治癒魔術が使えるんだ。
きっとスゴイ戦いの魔術も使えるんだ。
「物騒な場所だけど、君が望むなら好きなだけ居てくれていい、フッフールもああ見えて割と強いし、マシィもまあまあやれる、君ひとり守るくらいどうという事は無いんだ」
賢者様はゆっくりと振り向き、優しく微笑みかけてくれる。
「じゃあ行くか」
小屋のほうから薪が焼けるの臭いがする。
わたしは賢者様に即され、小屋に戻った。
脱衣所で服を脱ぐように言われ、賢者様はシャツの袖をまくっている。
フッフールがやってきてドア越し立つ。
「私がやる」
賢者様はズボンのすそを折り返しながら、
「君はいろいろ雑だから却下だ」
そう言って手をひらひらと振る。
さっき、わたしに山登りをせた事を言っているんだろうな。
お風呂場に入ると床にあるイスに座らされ、賢者様は据え付けられている筒のようなものを手にかざす。
近くのつまみを捻ると、そこから勢いよくお湯が出てきた。
「魔道具、じゃなくてデンキ」
思わず口にすると、賢者様はニコっと笑う。
「シャワーって言うんだ、電動ポンプでお湯が出る仕組みだ、王都の方では魔道具で同じ事が出来るやつを使ってるけど、フッフールは魔道具が嫌いだし、おれもこっちの方が性に合ってる」
賢者様は手の平に湯を当てながらさっきとは別の、青色の印が付いたつまみを捻っている。
「こうやって温度を調節するんだ……これでいいかな」
賢者様はシャワーを手に取り、わたしの体にお湯をかける。
あったかくって、すごく気持ちいい。
体全体をお湯で流すと賢者様は一旦止め、石鹸とタオルが渡される。
「頭は洗ってやるから、体は自分で洗ってくれ」
石鹸からはとてもいい匂いがする。
タオルに擦り付けて体を洗うと、すごく泡が立つ。
……この石鹸、すごく高いのでは?
アタマを揉むように賢者様が洗ってくれる。
「髪質が細いな‥‥…専用の洗髪剤を用意しないとな」
わたしの為に洗髪剤を?
そこ迄してくれる事に疑問を感じる……。
「ひゃあ!」
賢者様の手がしっぽに触れる。
急にだったので変な声が出てしまった。
「すまない、しっぽは弱かったか? ちょっとの間ガマンしてくれ」
声のトーンから、申し訳ないという感じが伝わってくる。
急に怖い考えが浮かび、わたしはじっと床を見つめる。
「賢者様も……わたしの体を触りますか?」
賢者様の手がピタリと止まった。
「君は子供だ、まっとうなオトナは子供にそんな事はしない」
賢者様は低い声でそう言い放つ。
賢者様は押し黙り、優しくしっぽを洗ってくれる。
わたしはとても失礼なことを聞いてしまったと後悔した。
だけど優しくされると、何か悪い理由があるのではと思ってしまう。
「よーし、泡を流すぞ」
賢者様は明るい声でそう言い、シャワーでお湯をアタマにかける。
少し熱い。




