捨て犬8
わたしがお風呂から上がると、脱衣所にバスタオルを持ったフッフールが待っていた。
この人、ずっとここに立ってたの?
「フッフール、尻尾は丁寧に扱えよ、細い骨と神経の束で出来てるからな」
賢者様が何やら注意をしてくれる。
フッフールは無表情でわたしの体を拭くと、そのタオルを体に巻いてリビングのソファーまで連れていかれる。
浴場の方からシャワーの音がする。
賢者様は、わたしをフッフールに任せて汗を流すつもりのようだ。
フッフールはソファーに座ると、膝の上にわたしを乗せ、手の平に収まるくらいの大きさの、楕円形の筒状のモノを持ち出す。
ブオオオオ!
凄い音がして、筒から風が吹き出す。
それをわたしの髪に当てる、風が温かい。
また知らない道具だ、この小屋にはいろんなものがある。
「これはデンキ?」
「違う、これはドライヤーっていう魔道具」
これは魔導具なんだ、デンキとどう違うのかは分からないけど。
「フッフールは魔道具は嫌いだって賢者様が言ってた」
「この魔道具は許す……ドライヤーは最強」
この魔道具は髪を乾かすの為の道具みたいだ。
フッフールの髪が奇麗なのはこの魔道具のおかげ?
だから特別なのかな?
髪が一通り乾くと、今度は風を当てながらブラシをかけてくれる。
これは気持ちがいい。……このまま眠ってしまいそうだ。
髪を乾かすだけの魔導具なんて、なんて贅沢なんだろう。
ウトウトしながら、そんなことを考えていると……突然音が止まった。
「終わった」
手鏡をわたしに向ける。
すごい! ふわふわだ……わたしの髪ってこんな風になるんだ。
「ちゃんと手入れをすれば、もっと良くなる」
再び魔道具が轟音を上げ、しっぽに温風が当たる。
「ひゃあ!」
また素っ頓狂な思わず声を出してしまった。
***
髪を乾かしたら、着替えが渡された。
ワンピースと女性向けの下着だ。
今までは大きめのシャツとズボンだった。
多分、ここで一番小さな賢者様の服だろう、それでもわたしには大きかった。
この下着、ゴムが使われていて高そう……生地は綿だろうか? とても肌触りがいいけど。
付けてみると肌にぴったりしていて、なんか落ち着かない。
ワンピースの方は少しダブダブだけど背丈はぴったりだ。
古着みたいだけど状態がかなりいい。
こんな山奥で、いつの間に用意したんだろう?
「よし、かわいい」
フッフールが腕を組んで力強く頷く。
「……ありがとう」
フッフールが選んでくれたみたい……。
「おお、フォル、見違えたなあ!」
薄着の賢者様が、髪を拭きながら脱衣所から出てきた。
「次は肉を付ける事だな」
賢者様は顎に手を当て、じっくりとわたしを見て、にんまりと笑う。
「じゃ……おれは仕事するからのんびりしていてくれ」
そう言って、奥の部屋に入っていく。
その部屋からはもう一つの気配がする。
多分、マシィだろう。
気配があるのに匂いも音も感じにくい、部屋に何か細工をしてるみたい。
「仕事……賢者様は境界線を見廻る以外にも仕事をしてるの?」
長椅子に寝そべって、本を読んでいるフッフールに尋ねる。
「翻訳……外国の本とか昔の文献を、東部語に訳してる」
フッフールは今読んでいる本とは別の、テーブルの上の本をを手渡してくる。
ぺらぺらと本をめくってみると、フッフールが手にしている本の中身を見せてくる。
字は読めないが、明らかに違う文字だとわかる。
手渡された本が外国の本で、フッフールが読んでいた本が賢者様が訳した本なのだろう。
びしりと並んでいる文字にたじろいでしまう。
「賢者様ってなんでも出来るんだ……」
おいしいごはんが作れて、スゴイ魔術が使えて、魔物とも戦えて……外国の本まで読める。
何も出来ないわたしと大違いだ。
その事実に落ち込んでしまう、羨ましがっても仕方が無いのに……。
***
あまく良い匂いがして目を覚ました。
長椅子でうたた寝をしてしまったらしい。
この長椅子、皮が張ってあって見た目は堅そうなのに、ふかふかですごく寝心地がいい。
窓の外は真っ暗だ、どのくらい眠っていたんだろう?
フッフールが掛けてくれたのであろう毛布をたたむと、視線を匂いの方に向ける。
そこには大鍋を掻き回している賢者様が立っている。
「起きたか……もう出来るぞ」
台所の手前にあるテーブルに歩み寄ると、ゴハンの準備をしていたフッフールが椅子を引いてくれる。
席に着くと、隣にフッフールが腰を下ろす。
奥の部屋からマシィが出てきてわたしの正面の席に着いた。
これからごはんなのに、いつもの青いローブを着ている。
寒がりなのかな?
正面居座るマシィを見て、改めて少し緊張した。
わたし……ここでごはんを食べるんだ。
こんな風に誰かとごはんを食べるのって、いつぶりだろう……。
賢者様がテーブルの真ん中に鍋を置くと、フッフールがお皿に料理を盛り、わたしの前に置いた。
なんか量がスゴイ。
スープ皿に料理が並々に盛られている……。
こういうものなの? 他の人の皿を見ると普通の量が盛られている。
「フフール……ちょっと多くない?」
ためらいながら聞いてみると、フッフールはぐっとわたしの顔をのぞき込む。
「フォルは一二歳にしては体が小さい」
どうやら沢山食べろという事らしい……。
賢者様が頭の後ろに手を組んで、大きく息を吐く。
「トイ族は小柄な種だけど、それにしても君は小さすぎる。これまでの食生活から、胃袋も小さいだろうから……まあ、無理はしないで食べてくれ、残してもいいぞ」
その言葉を聞いて安心する、多分、食べきれない。
改めて料理を見ている。
小皿のパンに、スープ皿のそれは……。
真白のドロッとした液体状の中に、お肉と野菜が入った料理だ。
見慣れない料理で、大丈夫なのコレ? って思うけど、どんな味なんだろう?
早速、スプーンを握り食べようとすると、賢者様とフッフールは料理に手を付けようとしない。
あれ? と思って見ていると、二人とも顔の前で手を合わせて「いただきます」と唱えた。
見た事も無い仕草だ、このあたりの祈り方なのかな……。
マシィは祈りの言葉を唱え、胸の前で円を描く。
「あまねく一切に及ぼしたるぎ然の眷属に、糧に感謝を」
こっちは普通だ。
わたしは気を取り直して、料理をいただく事にする。
スプーンに取り上げ、こぼさない様にを近づけて……。
おいしい!
やさしい味付けだか、白いソースは複雑で濃厚な風味がする。
お肉は鳥で、あっさりした味で食べ易く、程よい塩加減のコクのあるソースとの相性が絶妙だ。
野菜もとても柔らかくて青臭さが無く、口の中で野菜独特の甘みが広がる。
そして複雑な味のソースが野菜のそれを引き立ててる。
「すごいです! 何ですか、これ!」
「ホワイトシチューだ、一応、君の体調に合あせた味付けにしてみたんだが、気に入ってくれたようで何よりだ、脂肪が少ない鳥胸肉は消化し易くて胃にやさしいんだ」
賢者様はしてやったりという笑みを浮かべている。
これならいくらでも食べられそう。
お皿の縁を持って、再び食べようとしたら、フッフールがわたしの手首を掴み、スプーンを取り上げる。
「持ち方が違う」
そう言ってわたしの手を握り、スプーンの柄を親指と人差し指の間に通して、中指の上に乗せた。
「食器は持たない、顔は近づけない」
うう……なんかいろいろ注意をされる。
持ち直したスプーンでシチューを掬うが、口に運ぶまでにぽたぽたとこぼれてしまう。
「掬うのはスプーンの半分くらい、あと背中を丸めない」
いっぺんにいろいろと言われ、ドギマギしてしまう……。
わたしは体がこわばってしまい、食べるどころでは無くなってしまった。
「フッフール、いきなりは無理だ」
賢者様が助け舟を出してくれたかのように、口を挟んでくる。
「フォル、食事は楽しく取るものだ、その為には最低限の決まりは守るべきなんだ」
眠そうな目だけど優しい眼差しで、わたしををじっと見つめてくる。
「最初は面倒で大変だろうが、習慣になちっまえばどうってこと無い」
そういうものなんだろうか、好きな食べ方をしたいのだけど……。
「食事の仕方は人間性が出るんだ、君は獣人で、ただでさえ目を引く、ちゃんとした食べ方を覚えておいて損はない」
確かにそうだ……獣人である以上、周囲からは目を引いてしまう。
ちょっぴりの不安を感じながら、パンを両手に掴んでかじる。
「パンは一口の大きさに千切って食べなさい」
そう言ってフッフールは、実際にやって見せてくれる。
ああ、たしかに綺麗なしぐさだ、だけど……。
わたしは賢者様に視線を移す。
賢者様は……パンをワシ掴みにして大きく口を開けてガブリとかじっている。
「ちょっと……」
フッフールが賢者様を睨みつける。
「あれは悪い見本……フォルは女の子」
賢者様がパンを飲み込むと手をひらひらさせる。
「女性らしさってのは美徳だ、それは実に文明的で、立派で素晴らしい事だ」
賢者様の言葉にフッフールは、
「男は粗野で野蛮で低俗、女の子はマネをしてはダメ」
と、ずいぶんな言葉を返した、フッフールは少しイラついてる感じだ。
「大賢者様、お言葉ですが自分も男子です」
今まで静かに食事をしていたマシィが二人の間に割って入った。
「あなたは他者の模範となるべき立場でしょう、少しは自重してください」
「ガラじゃねえよ、おれより君の方が向いてんじゃない?」
マシィの食べ方も見てたけど、この人の食べ方も綺麗だった。
なるほど、食べ方でその人がどんな立場か大体分かるんだ。
「おれは公式の場では、ちゃんとするから問題無いさ」
賢者様の言葉にマシィはムッとしてる。
「普段からちゃんとしてください!」
賢者様は手のひらをマシィに向けてなだめている。
なんかこの二人、前もこんな感じでケンカてたような……。
賢者様はパッと明るい笑顔をこちらに向ける。
「フッフール、フォルにいろいろ教えてやってくれないか? 女性同士の方がいい事もあるしな」
賢者様の提案に、フッフールが即答する。
「そのかわり、明日はフライドチキンが食べたい」




