闘犬3~狂気の山脈にて~
わたしは目を覚ますと、右拳を天井に突き上げ、ジッと見つめた。
一昨日の模擬戦闘……対戦者は神殿騎士団、エイブ・アイサン副団長。
拳に残るエイブ様の盾を貫いた感触……わたしは騎士団副団長に勝ったのだ。
先生以外との武術での対人戦闘での勝利……わたしの武術はちゃんと通用するんだ!
嬉しさと同時に心配もある、神殿の騎士様に大怪我させちゃった。
恨まれてるかもと思いつつリビングに向かうと、そこにはエイブ様が朝食を食べてる。
昨日は二階の客室から出てこなかったので気を抜いていた、と思うと同時に回復して良かったと安心する。
「もう少し寝ても良かったのよ」
厨房から洗い物をしているフッフールが声を掛けてくる。
それにしてもエイブ様との同席は気まずい……。
「わたしも手伝う」
フッフールの方を向き、慌てて声を掛ける。
もう終わったと言われ、だからといって部屋に戻るのも変なのでダイニングの自分の席に座ると、フッフールがガーリックトーストを出してくれた。
観念して食べ始めるとエイブ様が歩み寄ってくる! どうしよう、怒られる?
「おはようフォルさん、一昨日の立ち合いは実に見事だった! あなたに対する暴言を謝罪する、どうか!」
エイブ様はそう言うと頭を下げる……あれ? 逆に謝られてしまった。
「それと大賢者様にお願いして、あなたの『山歩き』に同行する許可を頂いた」
突然の申し出に、わたしはむせ返る……先生、なんて約束を!
書斎のドアが開き、先生と書類を抱えたマシィが姿を見せる。
先生はダイニングの自分の席に腰を下ろすと、わたしに屈託の無い笑顔を向ける。
「エイブさんに一二号路を案内してやってくれ、あそこなら魔界が見渡せるしな、彼は赴任したばかりだから見せてやりたい」
先生は気軽にそう言うけど……。
一二号路なら距離も短い……だけど境界線が弱いポイントで危険な魔物も出易い場所だ。
「エイブさんは火系の魔術が使える、フォルに支援は不要だから、自己防御をしてくれと言ってある」
先生がそう言うと、エイブ様が戸惑った様子で口を開く。
「本当に私は戦闘に参加しなくても宜しいのですか?」
先生はテーブルに寄り掛かると、真剣な面持ちで腕を組む。
「あなたは病み上がりだ、おれの治癒魔術は聖女のソレと違って見た目は治ってるようでも、完全には回復しないからな」
先生の治癒魔術は完璧では無いらしく、ちゃんと治るまでは数日は掛かるらしい。
と、わたしの視線にソファーで書類を手にしながら、鋭い視線でエイブ様を睨みつけるマシィの姿が目に留まる。
なんだかイライラしてるみたい、きっとわたしの事を心配してくれているんだろうな。
来年には一五歳で新成人になるのに、マシィはわたしを子供扱いする……彼の魔術戦闘はかなりの物で、冒険者ギルドではスタンダードクラスなのにトップレベルの使い手らしい。
それでもわたしの方が断然強い! つい最近、模擬戦をした時も勝負にならなかったくらいだ。
マシィにとっては出会った時の、わたしが弱々しかった頃の印象が残ってるのだろう。
大切に思ってくれているのだろうが、今はわたしがマシィを守れるくらい強いのだ。
まったく……近いうちに、サプライズで彼の好きなチーズケーキを作ってあげよう。
***
一二号路……なんて呼んでるけど道など無い、整備されていない原生林を進んで行く。
ゆっくり目のペースだが、さすがは神殿騎士団副団長様だ、病み上がりなのにしっかりと付いて来る。
エイブ様はほとんど手ぶらで防具は身に付けていない。
腰には剣と水筒は吊るされているが、彼のお弁当や雨具はわたしの背嚢に入れてある。
わたしはいつものシャツと半ズボンに皮のベストと籠手とブーツ。
サスペンダーのおかげで、腰のベルトに重いナイフ二本と投剣入りのポーチを付けていても戦闘時にもしっかり固定できる。
フッフールが選んでくれたこの服装は、とても動き易くてお気に入りだ。
危険が無いか、エイブ様の様子を確認しながら歩を進める。
「フォルさん、境界線はどこにあるのだ?」
エイブ様が頓珍漢なことを聞いて来る。
「何を言ってるんですか? ここが境界線ですよ」
わたしの言葉に、エイブ様は驚いて目を見開いている。
「境界線は細い線の様な物では無く、幅が大体二粁あるんです。場所によっては長さもマチマチなんですよ」
そうか、感覚が違うんだ……ヒト族って不便だなあ。
説明するのは苦手だけど、伝わるように頑張って話してみる。
「ヒト族には認識できないらしいのですが……先生は分かるって言ってましたけど。なんかモヤっとした感じです。今日はいつもより少し薄いですね」
これで通じたかな? エイブ様は顎に手を置き、考えるように俯いて口を開く。
「なるほど、そういう物なのか……獣人とは鋭いのだな」
通じたのかどうか分からないけど、なんか納得してくれたから良しとしよう。
森林限界を超え、高い木が生えていない開けた場所に出る。
運良く魔物に遭遇する事も無く、目的地の野草採集地点に到着した。
何事も無くてほっとする……戦っても勝てる、とはいえ、やっぱり神殿騎士には今でも恐怖心がある。
もし不意打ちされたら? 返り討ちにして気絶させても、森に置いて行く訳にもいかない……山歩きを中断して彼を担いで引き返すか? なんて考えてたけど、余計な心配だったようだ。
「これは……!」
エイブ様が呟く……山の東側、眼下には平野部が広がっており、そこには原生林が果てしなく続いている。
わたしも同じ方向に視線を移す。
「アレが魔界です、境界線の向こう、前人未到の地……ヒト族や妖精種が足を踏み入れたら、瘴気に蝕まれて僅かな時間で気を失い、魔物の餌食になります」
エイブ様はごくりと息を飲み、食い入るように魔界を眺めている。
「見た目には、静寂な……鬱葱とした森にしか見えぬが……」
「ヒト族にとっては、そうなのでしょうね。わたし……獣人には瘴気が強く、重苦しく淀んでいるのが感じられます」
わたしは、原生林に向けて指を差す。
「あの辺りは特に瘴気が濃いです。多分、今も魔物が生まれています」
魔物は生物とは違う、それを模した存在に過ぎない。
先生は魔物の存在は不自然で意図的な感じがすると言っていたが、わたしには難しい事は分からない。
人に危害を加えるのなら狩るだけ……おっと。
来客か……わたしはエイブ様に背嚢を預け、下がって身を守るよう指示を出す。
彼は目を丸くしているが説明はいらないだろう、すぐ理由は分かる、やって来る。
わたしは耳を立てて音を拾う。
匂いは捕らえられない、風下か、音が近くなる、真下、前方の崖……五〇、四〇、三〇……。
崖の淵に、太くて大きな指が架かる。
そこに力が加わったかと思った瞬間、巨大な影が空を切る!
ソレが着地すると硬い地面がめり込む、大した重量だ、いったい何瓩あるのか……。
目の前にそびえる巨体、三米は優に超えている。
「マウント・ジャイアント……」
後方に待機するエイブ様が声も漏らす。
マウント・ジャイアント『山巨人』、この魔物の名前だ。
人の形をしているが、目の前にいるコレは大きく鋭い牙を持ち、頭髪は無くソコには瘤の様な物が幾つもある。
そして、全てが太い、首、足、腕、胴体、人のソレとは比べ物にならない。
人型種……人に似た形をした魔物の総称で、比較的頭が良く、武器を使う。
コイツもこん棒……いや、丸太だな、咥えて崖をよじ登って来たのか?
わたしは脇のナイフを抜き、両手に逆手で握る。
山巨人がこん棒を振りかぶった。
動きが大きい、避けるのは楽……だが油断はしない、人型の中には稀に頭が回るヤツがいてフェイントを仕掛けてくる場合もある。
わたしはこん棒が振り下ろされるタイミングで地面を蹴り、ヤツに向かって駆け込む!
こん棒が地面をえぐる、ごん! と鈍い音が後方から聞こえた。
わたしは屈んだ姿勢の山巨人の短い脚、股下に滑り込みナイフで内腿を切りつける!
ギン! と金属音がする、斬撃ではヤツの硬い皮膚に歯が立たない。
内腿の動脈を切り裂けばそれで勝負がつくのだが……想定の範囲内だ、楽にはいかない。
地面を滑りながら崖の手前で停止し、両手のナイフを鞘に戻す。
「フォルさん!」
エイブ様が叫んだ、振り返ると山巨人は後方にいるわたしに向き直り、こん棒を持っていない側の腕で左ストレートを打ち込んできた。
そのこぶしをすり抜け、カウンター気味に飛び蹴りを顔面に喰らわした。
山巨人怯まない、効いていない……が、ダメージを与えるのが目的じゃ無い。
わたしは蹴り抜きながら巨人の左耳を掴んで体を翻し、右手の握力に任せて頭の瘤を握り込こみ、足を踏ん張って体を固定した。
左手でナイフを抜き、逆手で握る。
狙いは……鎖骨と首の間のくぼみ!
「オオォ!!」
わたしは大声で叫んで筋力を増強させ、くぼみにナイフを突き立てた!
刃は固い皮膚を突き破り、左肺を貫いて心臓まで刃先が到達した!
ぐん! と山巨人が痙攣する、勝負あった、わたしの勝ちだ! コイツの魔石でチーズケーキの材料を買うぞ!!
山巨人が仰向けに倒れ込む、わたしは潰されないように顔側に体を移す。
完全にこと切れたのを確認すると、刺さったナイフを回収して山巨人の頭を割り、魔石を回収した。
おお、大きい! 色は青、二型の魔石が取れる、ドーナッツの材料も買ってフッフールに作ってあげよう! 固形油で揚げるとサクサクして美味しい。
ついでに牙も回収しておくか。
鼻歌交じりで素材回収をしていると、エイブ様が小走りで駆け寄ってきた。
「信じられない、マウント・ジャイアントをたった一人で……あなたは……いつもこんなヤツを相手にしているのか?」
「ラッキーでしたね、大型でも人型は急所が狙いやすくて楽なんです!」
回収した牙に処理剤を塗りこみながら説明をした。
だが、エイブ様は驚いた様子で手を激しく振る。
「何を言っているのだ! コレは乙二種指定で騎士団と魔術師科が、各一個小隊で当たるような相手なのだぞ!!」
声を荒げて否定された、そうなのか……騎士団は複数人だから、大型で単体の魔物を相手にするのが苦手なのかな?
「お昼にしましょう、先生のサンドイッチは凄く美味しいですよ! 食べたら野草摘みです」
場を和ませようと明るい声で言ったのだが……エイブ様は口を半開きにして固まっている。
きっとお腹が空いているのだ、食べれば落ち着いてくれるだろう。




